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3-4話 約束と思い出の日

 グレイスさんに今年からは自分の家で過ごそうと思うという事を告げると、グレイスさんは『気にしないで泊まっていって』と言ってくれたけどやはりちょっと疲れの色が見える気がした。

 俺はそのつもりだったので、実家で寝泊まりしてもいつもと同じようにグレイスさんの仕事の手伝いは変わらずに行うことを伝え何とか了承を得えて久々の実家に帰ってきている。

 

 だがしかし、面白がってウィルのやつが『俺もスタン兄ちゃんの家に行く~』と付いてきた。

 まぁ別にいいかぁウィルだし。

 ちなみに、ニーナもついて来ようとしていたのだけどそこは断った。


 兄が行くのだから当然自分も行くものであるとついてくる気満々だったニーナは、俺が断るとギャン泣きで猛抗議してきた。

 それを何とかグレイスさんに説得してもらいはしたものの、楽しいお泊り会に自分が入れてもらえないというのは寂しいよなぁ。

 ごめんなニーナ。


 久々に帰ってきた実家の自室は、なんだかもはや他人の部屋のようにも思える。

 モル姉が掃除をしてくれているおかげで全ての物が整っており、生活感がないというか展示されている部屋のような感覚だ。

 それをただ不思議だなぁと思うだけで、寂しいと思わなかったのはやっぱりモル姉やリンドーや村のみんなが俺を一人ぼっちにしないで居てくれたおかげなんだろう。


「スタン兄ちゃん。もう寝るの?」


 ウィルはまだまだ元気いっぱいそうな声だ。


「まぁ、寝るには早いかなぁ。と言ってもなんもすることはないぞ?」


 へへへ、とウィルが笑うと『じゃーん』とモンバトのカードを持ってきた着替えの入ったバッグから取り出す。


「お、モンバトか。」

「ひひひ、俺この前『影を踏ませぬ者』のカード出てきたからもうスタン兄ちゃんには負けないよ。」

「なに!? 」


 『影を踏ませぬ者』とは、あまりの速さに影すら踏むことができないと言われた魔物だ。

 カード効果としては、場に出ると1ターン中にそのカードは2回行動することができる。

 とんでもないカードだ。


「スタン兄ちゃん。尻尾を巻いて逃げるなら今の内だよ。」


 ウィルめ、超強力カードを手に入れて調子に乗ってやがる。

 

「ふふふ、たった1枚のカードが戦力の決定的差でない事を分からせてやろう。」


 ここは大人として、年長者としての威厳を守るためにも負けるわけにはいかない。

 ウィルが『影を踏ませぬ者』を山札から手札に引き入れる前に決着を付ければいい。

 俺のカードデッキは幸いな事に速攻型、相手を攻撃するのに準備はかからず初回から攻撃を仕掛けて押し切れなくはないはずだ。


「すーたーんー。」


 ウィルの超強力カードに内心ビビっていた俺をアップがその小さく可愛らしい手? でぺちぺちと叩く。


「僕もそれやりたーい。」

「おお、アップもモンバトやるか。」

「やる~。」

「あ、でもお前って人間の言葉喋れるけど文字読めたっけ?」


 俺の問いにアップがエッヘンと胸を叩く。


「わかんない。」


 ああ、うん。そうだろうな~とは思った。

 というわけで、アップにルールとかいろいろ教えながら俺たちはモンバトでしばらく遊んでいた。

 流石に文字が読めないのにルールを理解するのも難しかったので、最終的には山札から1枚ずつ引いてレア度高いものを引いたら勝ちという遊びに落ち着いた。


 何せ俺とウィルのカードだほとんどがノーマルレアリティなので基本引き分けに終わる。

 数枚入っているレアカードを引いたら誰かが勝ちというはずだったが・・・


「また僕の勝ち~」


 アップがきゃっきゃと跳ねる。

 先ほどからアップの連勝が続いていて俺とウィルはボロ負けだ。

 まるでレアカードがアップのところに吸い寄せられているようだった。


「やってられるかぁ~!!」


 俺はカードを置くと小腹が減ったので台所に何かないか探しに行った。

 アップとウィルはダブっているカードをで神経衰弱の様な事をしている。

 ごちゃまぜになって俺とウィルのカードかわからなくなったらどうするんだ。


 まぁ、そうなったら全部ウィルにやってもいいか。

 そんなことを考えつつ、残されていた保存食を使って軽く腹を満たす。

 食事を終えて戻ると、遊び疲れたのかアップは大事にしているバッグに寄りかかって寝ていた。


「なんだ、アップのやつ寝ちまいやがったのか。」

「布団で寝かせようと思ったけど、そこがいいんだって。」

「そうか。まぁずっとそうしてたんだろうしな。布団だけかけてやるか。」


 苦しくならないようにアップに布団をかけてやると、ウィルが満を持してモンバト勝負を仕掛けてきた。

 

「スタン兄ちゃん。今日こそ俺の方が強いと認めてもらうよ。」

「フン。ちょっと強いカードを手に入れたからって調子に乗られちゃあこまるなぁ。」


 バチバチと視線をぶつけ合うが・・・俺たち二人ともニーナには勝てない。

 俺たちは基本殴り勝つ以外の戦い方がないので、戦術戦略に長けたニーナには手も足も出ないのだ。

 でも、サポートカードとかアイテムカードとか入れるよりモンスターカードを詰め込めるだけ詰め込みたい衝動を抑えられないんだからしょうがない。


 俺たちが戦うときはいつも3回勝負だ。

 どれ、ちょっと調子に乗って気分がいいウィルには申し訳ないが軽くひねってやろう・・・

 と・・・思っていたのだ・・・が・・・?


「兄ちゃん。決着はついたみたいだね。」


 なんと、ウィルに成す術もなく俺は2連勝されてしまった。

 これでは年長者としての威厳が・・・

 いや、そのまえに


「ウィル!! 何だそのカードは!!」

「何って、『影を踏ませぬ者』だよ。」

「そーじゃねーよ!! そっちのサポートカードだ!!」

「ああ、『影の召還』のこと?」

「そーだそんなのインチキだ! 場の敵のモンスター6体を生贄に影を踏ませぬ者を召喚するとか、そんなのあったらこっちからモンスター出せねぇじゃねえか!」

「おかしいねぇスタン兄ちゃん。これはルール上認められてるんだよ。ルールに文句をいうのはおかしいんじゃないかなぁ~」


 ぐおおおおおおおおおお、調子に乗りやがってぇぇぇぇぇ。


「そもそも、『影を踏ませぬ者』は『影の召喚』とセットで使うのは常識じゃないかぁ~」


 きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ。


「しょうがないなぁ。もう一回やってそれで勝てたらスタン兄ちゃんの勝ちでいいよ~」

「いったなぁぁぁぁぁ!!」

 

 許せねぇ! 許すわけにいかねぇ!

 俺とおまえは、ひたすらモンスターカードをデッキに突っ込むことを美学として今までやって来たじゃねぇか。

 それが何だ、強力なカードを手に入れた途端にサポートカードを手札に加えるその軟弱っぷり。


 認めるわけにはいかねぇ!


「勝負だウィル!! 冒険者とは何たるかをお前に教えてやる。」

「スタン兄ちゃんまだ冒険者じゃないのに?」

「オウッ!!」


 そして完全にペースを握られたまま勝負は始まった。

 最初の手札5枚は当然モンスターカード。

 しかも手持ちの中では攻撃力の高めなカードが揃っている。


 カードたちもウィルの不遜な態度に怒り心頭と見える。

 恐れるな、ウィルが初手から『影の召喚』を手札に持っているとも限らない。

 俺は1枚のカードを場に出し、ウィルの行動を待つ


 ウィルもモンスターカードを1枚だし1枚をサポートカード枠にセットする。

 まさか・・・まさか持っているのか・・・『影の召喚』を。

 いや、ブラフだ手札にあるならもっとモンスターカードを出すはず。


 俺は見えもしないカードに怯えて引くような男じゃァない。

 ウィルの行動が終わるのを待ち、カードをドローする。

 来た!! 俺の手持ちの中で最高の攻撃力を誇るカード。


「現れよ、怒れる風、ストームファルコン!!」


 スマートファルコンは場に出た際に、敵のモンスターカードをすべて手札に戻すことができる。

 これでウィルは攻撃を防ぐことができない。

 俺は続けて手持ちのモンスターカードをすべて場に展開。


「どうだウィル! この攻撃でお前のライフをすべて削り取ってやる。ワンターンキルパワーを思い知れ!!」


 勝った! やはり速攻、速攻は全てを解決する。

 相手が動く前に息の根を止めれば勝てるんだ!!

 俺が勝利を確信し、攻撃を宣言したその瞬間。


「サポートカード発動、グレートウォール。」

「何!? 防がれた???」

「スタン兄ちゃん。他に行動する?」


 やべえ、この次どうしよう。

 場に出したモンスターには、行動後にスキルを使えるモンスターカードもある。

 それを使って何かいい手は・・・考える時間を稼がねば・・・


「そういえばウィル。お前は何で冒険者になりたいんだ?」


 唐突に俺はウィルに話を振った。

 

「何でそんなこと聞くの?」

「あー、まぁそのなんだ? 俺だって一応、冒険者になって村を守りたいというきっかけというかそういうものがあって今があるからさぁ。」

「そういえば、言った事なかったっけ?」


 聞いたことがなかったというか、冒険者になりたいなんて大抵の男の子が一度は思う事だからわざわざ聞くまでもなかったというか・・・


「スタン兄ちゃん。俺はね、みんなを守りたいんだ。」

「村のみんなか?」


 ウィルは『それはもちろんだけど、もっとたくさん。』という。

 

「父ちゃんと母ちゃんの事は知ってるでしょ?」

「ああ。そりゃな。」

「父ちゃんと母ちゃんは冒険者として強くはなかったけど、自分たちのできることでみんなを助けるのが生きがいだって言ってた。」


 実際に会ったことはないけど、きっとウィルとニーナの両親はそういう人だったんだろう。

 普段のウィルとニーナの態度でそれは分かる。


「よくわからないけど、父ちゃんと母ちゃんはみんなに迷惑を掛けちゃったみたいだから。でも、きっと何か理由や訳があったんだと思うんだ。」

「そうか、お前が冒険者になってその真実を見つけ出すんだな。」


 ウィルはニコニコと笑いながら『違うよ』といった。

 

「俺は父ちゃんと母ちゃんの子供だから。俺が父ちゃんと母ちゃんの代わりにみんなを助ける冒険者になる。そんで、父ちゃんと母ちゃんよりたくさんの人を助けるんだ。」

「ウィル・・・。」

「みんな、父ちゃんと母ちゃんの事あんまり話してくれないけど、スタン兄ちゃんはよく父ちゃんと母ちゃんの事を聞いてくれたよね。俺とニーナは父ちゃんと母ちゃんの事大好きだから、忘れたくないから話を聞いてくれて嬉しかったよ。」


 そうか、ウィルの中ではもう答えの出ている事なんだ。

 父と母は誰かを助け誰かを守りこの世を去った。

 それを疑う必要もそれを確かめる必要もない。


 ウィルは父と母から受け継いだもので、二人を超えようとしている。

 それは父と母がウィルにとってそういう存在だったという証明に他ならない。

 俺が出しゃばってあの事件の真実を突き止めるなんて、思うこと自体がおこがましかったな。

 

「その時は、兄ちゃんも一緒だよ。昔約束したもんね。」


 そうだな、そうだったな。

 俺は、お前に約束したんだもんな。


「ああ。もちろんだ。俺は必ず冒険者になるよ。」


 その言葉を聞いたウィルは嬉しそうに笑う。

 それはまるで太陽のようだと思った。

 そしてこの幼き太陽は、満を持して『影の召喚者』を場に出した。


 

 俺は、この日思ったんだ。

 

 人は、辛いことに心を奪われることが多々ある。

 それは当然のことでおかしい事じゃない。

 そのことを忘れたいと思うほど、離れたいと思うほど悲しく辛いのだから。


 でも、それが永遠に悲しい思い出であることは寂しくて本当に悲しい事なんだ。


 だからいつか思い出して欲しい。

 そうなる程にその存在がかけがえのない物であったことを。

 決して悲しいだけの思い出ではなかった事を。


 そして、それが楽しい思い出として思い出せる日が来るのかもしれないって。

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