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3-1話 ボルトゲイル事件

「スタンちゃん。ちょっといいかしら?」


 モル姉の作ってくれた朝ご飯をアップと食べながら、今日の特訓についてあれこれ確認しているところにモル姉がやってきた。


「うん。どうしたの?」

「そろそろいつもの会合の時期だから、今日のお昼には会合に向かおうと思うの。だから、またグレイスさんにお世話してもらえるように頼んでおいたけどよかった?」

「あー、ギルドの大きな会合だっけ? ってことは商人さんたちが来るのもそろそろか。」

「ええそうよ。スタンちゃんの件、アレから何も言って来ないし上の人も来るからキチンとお話をしてくるわね。(暗黒微笑)」

「え、ああ、うん…。」

「大丈夫よ、お姉ちゃんがきっと何とかして見せるわ!!」


 モル姉、お願いだから事件を起こさないでね…。

 

「あ、うん、それはありがとう。でも、もう俺も自分の事くらいできるし、グレイスさんのお世話になるのも悪いんじゃないかな…?」

「そんな事ないわよ。ニーナちゃんも楽しみにしてるんだから。」

 

 そう言うと、モル姉は肩を怒らせて会合用の書類などの準備を始めた。

 会合自体はいつもめんどくさいとモル姉は言っていたけど、遠くのギルドに居る友達に会えたりするのでやはり楽しみではあるようだった。


 会合ではそれぞれのギルドが所属冒険者のランク一覧やこなしたクエストの一覧、未達成になっているクエストの一覧などを提出し、冒険者が不足しているギルドへ余裕のあるギルドが冒険者の派遣を行う調整をしたりする。

 その中に物資の補充もあって、モル姉はこのタイミングで1年分の物資補充をするために色々と交渉をしなければならない。


 特に薬品の類は重要で貴重な薬品は流石に分けてもらえないけど、余っている回復系のポーション等を分けてもらって村のみんながけがをしたり病気になったときに備えている。

 まぁ、その交渉材料に使われるのはたいていの場合リンドーで、リンドーが魔物を倒したり素材を取ってきたりしてその見返りだったりするんだけどね…。

 モル姉は、そういう『困ってる人』からそれとなく困りごとを聞き出し、相手のプライドを気付付けたり負い目を持たせないように交渉を進めるのが上手なんだ。


 元々モル姉の暴力性の方が先に人の耳に入るから怖がられるんだけど、それならそれを利用してイメージとはかけ離れた物腰の柔らかく知性的な会話を初対面の時に実行し、その天と地ほどのギャップで相手にストップ高の好印象を持たせるというモル姉の戦略の効果が絶大という事でもある。

 なんていったって、モル姉は喋ったり動いたりしないで黙ってそこに居るだけならめちゃくちゃ美人でカッコいいから男はもちろん女の人からだってモテモテだからね、そこにギャップというオプションを加えたらそりゃイチコロよ。


 かくいう俺も、初恋の相手はモル姉だった。

 幼き日には、将来はモル姉をお嫁さんにすると話していた時期もある。(せめて己の内にとどめておけばよかったと何度後悔した事か…)

 あまりにもモル姉が俺の事を溺愛してくれるので、ある時『あれ? これなんかおかしくない? 異常じゃない?』と思いその後注意深く観察したところ、『これは俺への愛情ではなく、俺を通してその向こうにある母さんへの崇拝からくる異常な執着である』と理解した瞬間に俺の初恋は終わった。


 まぁ、それはさて置き、モル姉は村のために重要な会合に行き移動等で合計数週間不在となってしまうのでその間、先ほど名前の挙がったグレイスさんに面倒を見てもらうというのが恒例となっていた。

 グレイスさんはウィルとウィルの妹のニーナを育てている人だ。

 

 なぜそんな言い方をするかというと、ウィルとニーナはグレイスさんの姉夫婦の子供で姉夫婦がダンジョンで命を落とし残されたウィルとニーナを引き取ってリジェネア村にやって来たという経緯がある。

 3人がリジェネア村に来たのは俺の父さんたちが村に帰ってこなくなってからしばらくしてからだ。


 わざわざこんな寂れた村にやって来たのはやっぱり理由がある。

 姉夫婦は冒険者だったが、それ程ランクは高くなくダンジョンの探索というよりはある程度安全が保障されているダンジョンで素材を集めてギルドに納品することで稼ぎを得るタイプの冒険者だった。

 地味ではあるがそれだって人々の生活を支える重要な役割だと俺は思う。


 二人は真面目で堅実な事で評判でギルドからの信頼もあったとモル姉もリンドーも言っていた。

 そんな二人が命を落としたのは、凶悪な魔物の討伐チームを支援するクエストに参加していた時だ。

 父さんたちが参加したルナティカス討伐と同時期に実は他にも3体の凶悪な魔物が暴れていた。


 そのうちの1つ『黄の嵐』と呼ばれた魔物ボルトゲイル。

 二人はこの魔物を討伐するチーム『グレイゴースト』の後方支援としてクエストに参加した。

 そして後にボルトゲイル事件と呼ばれる出来事が起きたんだ。

 

 二人の仕事内容は、戦闘時の回復アイテムの補充、倒れた冒険者をセーフハウスで待つ治療班のところまで運ぶと言ったものだったらしい。

 大物と戦う際、生息している魔物がその先頭に乱入してくる危険も通常なら考えなきゃなんだけどその時はちょっと違った。

 グレイゴーストのリーダーのナテさんが魔物を操るユニークスキル『マリオネット』を持っていて、事前にその辺一帯の魔物を操って戦力に加えていたからだ。


 ナテさんは、俺と同じように自分の村を救うために冒険者になった人で俺の憧れる冒険者の一人。

 残念ながら、ナテさんの村は無くなってしまったんだけどね。

 それでもナテさんは自分が稼いだお金で、自分の様に魔物に村を襲われて親を失った子供たちのために孤児院を経営したり、寄付をしたりしている。


 冒険者としても人としても凄く凄い人なんだ。

 当然冒険者協会からの信頼も厚くナテさんの声掛けでボルトゲイル討伐にはたくさんの冒険者たちが集った。

 その顔触れを見ればどんな魔物でも退治できると思えるほどだったらしい。

 

 それで戦いが始まったんだけど、その時ウィルとニーナの両親が倒れた冒険者から金品を奪っていたと戦いが終わった後にナテさんから報告が上げられる。

 ギルドがその詳細を調べるために証拠として提出された物は、グレイゴーストのメンバーで後方で回復を担当していた人の腹部に突き刺さったウィルの父親の剣。

 その件を調査した結果、この剣でウィルの父親が回復担当の人を刺し殺したことが認められナテさんの報告が正しいと決着がつく。

 

 その動機も、ニーナの誕生日が近く豪華なプレゼントを買ってあげたいと周囲に話していたことからつい魔が差したんじゃないかと考えられた。

 中には二人がそんなことをするとは思えず何かの間違いなんじゃないかと訝しむ人もいたけど、冒険者協会も世論もはナテさん並びにグレイゴーストを信じた。

 俺もウィルとニーナから漏れ聞く父親と母親の話からそんなことをする人ではないと思いはするけど、ナテさんやグレイゴーストが嘘を付くとも思えなかった。


 すると人々の怒りや悪意が幼い二人の兄弟に少なからず向いてしまう。

 幸運だったのは、その時グレイスさんが二人の両親から『クエストでしばらく家に帰れないからウチの子供たちの面倒を見ていて欲しい。』と依頼されていたことだ。

 ナテが報告した内容が世間一般に広まるほんの少し前、グレイスさんは用事があってギルドに訪れた際にギルド職員から『ここから離れた方がいい』とメモを渡され、すぐに姉夫婦に何かが起き自分やウィルやニーナに危機が訪れたことを察知した。


 グレイスさんはある程度必要な物をまとめると、二人を連れて住んでいた町を逃げ出すことを考えたが問題は『どこに行けばいいか』だ。

 このような話はすぐに広まり、ある程度の規模の町なら耳にすることになるだろう。

 何かの拍子でつながりが知られれば、どのような扱いを受けるかわからない。


 また、何かしらの移動手段を使えば、足跡をたどられる可能性だってある。

 グレイスさんは相当焦っていた、そんな時にグレイスさんにこの村に逃げることを勧めたのがモル姉だ。

 モル姉はもうその時はギルドの仕事についていていち早く報告書の内容を知ることができた。


 事の真偽はともかく怒りや憎しみの矛先が3人に向けられることを予見したモル姉は、村長に話を付けて報告書に書かれていた現地に急行したそうだ。

 もちろん現地のギルド職員にも話を通し保護の名目でグレイスさんたちの情報提供をしてもらった。

 現地のギルド職員の人はみな、ウィルとニーナの両親を普段からよく知っている人たちなのでせめて子供たちには危害をおよばせたくないと協力してくれたので力づくで脅したとかではないのでご安心ください。


 そして道中で捕まえた浮魔を使って3人をリジェネア村に連れて帰ることに成功した。

 朝起きたら村人が増えていて驚いたのと嬉しかったのを覚えてる。

 そして何より、俺が守らなきゃいけないって強く思った。


 村に年下の子供なんて他に居なかったし、何よりウィルとニーナは凄く怯えていた。

 直感的に、何か大事な物を失ったんだって俺は二人の様子から感じてしまって、こういう時ばかりそう言うのは当たってしまう。

 この世界は時折、大事な物を無慈悲に突然奪っていく。

 

 俺が父さんや母さんを失ったように。

 そして、俺より小さなこんな子供達にまでそんなことをするこの世界から、この子たちを守らなきゃいけない。

 もうこの子たちが何かを奪われたりしないように、この村の大切な仲間として俺が守らなきゃいけないんだってそう思ったんだよな。


「スタン~。」


 物思いにふける俺の目の前にアップが乗り出してくる。

 

「ん、あ、アップどうかしたか?」

「『どうかしたか?』じゃないよ。さっきから呼んでるのに。」

「ああ、悪かった。」

「体調悪いの? 特訓お休みする? 無理はよくないよ?」

「心配すんな。大丈夫だよ。ちょっと昔を思い出してただけだ。」


 朝ごはんを片付けて今日の特訓に向かう。

 もし俺が冒険者になれたら、ウィルとニーナの両親がどうしてああなったのかその真相を調べることもできたのにな・・・。

 

 

 

 

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