2-7話 キミ と ボク の ハジメマシテ
あれから数日が過ぎ、リンドーが冒険者として復帰してリジェネア村は前と変わらない日々に戻った。
俺の方はというと、前までは何か理由を付けてサボろうとしては怒られた基礎訓練をひたすら繰り返している。
少しは前より肉体は強化されたんじゃないだろうか。
今日はリンドーの時間があったので基礎訓練に付き合ってくれた。
時間が空けばリンドーは自分のトレーニングをしつつ俺の基礎訓練にも付き合ってくれた。
ルナティカスと戦って敗れはしたものの、リンドー自身にも何か得るものがあったらしく気合が入っているのが見て分かる。
俺は一番やりたくなかった持久力向上の走り込みを重点的に行っていくことをリンドーと相談して決めた。
ステータスをなくしたことで最も影響を受け無かったのが持久力だったからだ。
逆に筋力や俊敏性、反射神経に関しては相当ステータスの恩恵があったとわかった。
あと、魔力に関してはもはや俺の体に魔力が残っているのかどうかすらわからない。
そのためスキル関係については使用しない事を前提にするしかなかった。
なので、今の俺の最大の武器となった持久力を活かして『とにかく魔物から逃げる』これが俺に残された選択肢だ。
村の周辺にある山で2時間ほど全力で走り込み、走り終わったら1時間素振りを続け、その後は体幹トレーニングを1時間。
午前中にこのメニューをこなし、終わったらギルドハウスに戻って昼飯を食べて村のみんなの手伝い。
だいたいこんな感じだ。
最近は、村に商人が来る時期が近付いてきたので村の手伝いの量も多い。
めちゃくちゃ体がきついが、それも鍛錬だと自分に言い聞かせている。
最初は素振りの時間に筋力アップ系のトレーニングを入れようとしたんだけど、リンドーが『冒険者にとって敵は魔物だけじゃない。たとえスキルが使えなくても木刀でいいから素振りしておけ』あとこうも言っていた。
『一振り一振りイメージしろ。今のお前が依然と同じように突っ込んでいってもカモにされるだけだ。相手の攻撃を最小限の動きで避けて最も最速で斬る動きをイメージするんだ。』
リンドーの事をみんな脳筋の力任せというけど(まぁ、間違ってはいないんだ)、結構いろんなことを考えて普段から準備をしているから様々な状況に応じてその力任せを最大限に活用しているんだと思う。
「ハァッ。」
2時間の走り込みを終え、地面に倒れ込む。
汗だくの体に、ひんやりとした地面を感じるのは少し気持ちがいい。
少しずつだけど、走れる距離も伸びてきたような気がする。
と、そこへ、リンドーがこっちに来て訓練用の木刀を俺に渡した。
「スタン。今から立ち合うぞ。」
「ハァッ、ハァッ…、え、今から? ちょっと休憩を」
次の瞬間、リンドーの木刀が俺の脳天を叩く。
「いってぇ!!」
頭を押さえて俺はうずくまった。
「ん。今のでお前は1回死んだぞ。」
「そんなこと言ったって、動けないよ…」
「バカタレ。冒険してたら動けないくらい疲れる事なんて日常茶飯事だ。そこから、その状態からどこまで体を動かせるかが生死を分けるんだよ。」
その言葉を聞いて、俺は半べそを掻きながら木刀を握り立ち上がる。
リンドーはとても満足そうな笑みを浮かべていた。
「冒険者になれば、もう動けないと思ったところからどれだけ動けるかが生死を分ける。動けたら動けただけ、思考できれば思考しただけ強くなれる。喜べスタン。これからお前は強くなり放題のボーナスステージだ。」
悪魔のような笑みを浮かべてリンドーが木刀を振り上げる。
いくら何でも、死なない程度には手加減してくれるだろうと思っていた俺に、本能が警鐘を鳴らす。
”リンドーに適度な手加減なんてできるわけねーだろォォォォ!!?”
リンドーが振り下ろした木刀を受け止めることをせず後ろに飛んだ。
次の瞬間。
地面はボコン! という音を立てて抉れている。
もちろん木刀は砕け散った。
判断が一瞬でも遅れたら、俺が粉々になっていたかもしれない・・・
「リンドーーーー!! 何考えてんだよォォォ!!」
半泣きで俺は訴えた。
「おー。結構うまくよけたじゃねぇか。今のは後ろに飛ぶのが正解だ。」
「不正解だったらどうなってたんだよ俺!!」
「そりゃおめぇ・・・、ミンチみてえになってかもなぁ。」
わっはっはと笑うリンドー。
俺は後で絶対このことをモル姉にチクることを心に決めた。
が、今ここでぶん殴ってやらねば気が済まない。
「このやろぉ!!」
俺はリンドーに向かって渾身の力で木刀を振り下ろした。
「勢いはいいが、大振り過ぎだ。予備動作が大きい上に直線的な攻撃は相手も対処がしやすい。」
リンドーはたやすく俺の振り下ろした木刀を片手で掴む。
そのとき、スライムに木刀を掴まれたときのことが脳裏をよぎり、俺は木刀を手放して距離を取った。
「ほー、躊躇わずに武器を手放したか。いい判断だ。距離を取ったのも悪くはない。で、そこからどうするんだ?」
リンドーが追撃の構えを見せる。
リンドーから放たれる圧に、足がすくみ始めた。
「どうするんだスタン。そのままじゃ、お前は死ぬぞ。」
リンドーの圧はあくまで訓練のためだと頭ではわかっているけど・・・
「うわあああああ!!!!」
俺は右足で地面をけり上げ砂粒でリンドーに目つぶしをすると、そのまま反転して逃げ出した。
頭では訓練と思っていても、本能が恐怖で立ち向かうことを拒否した。
チクショウ、チクショウ、チクショウ。
こんなんで、こんなことで、冒険者になんかなれるのかよ!!
半べそを掻きながら、俺は山の中どこに向かっているのかもわからないまま、リンドーから逃げた。
細い木々の間を駆け抜け、ぽっかりと開いた空間に出る。
そして、そいつはそこに居た。
まん丸の体に体と同じくらい大きなカバンを背負った見慣れない魔物。
そいつは、飛び出してきた俺と目が合うと嬉しそうにこう叫んだ。
「あ! ニンゲンさんだぁ!」
「シャベッタァァァァァ!!」
びっくりして止まろうとした足がもつれる。
さらにそいつはこっち向かって短い足をばたつかせながら飛びついてくる。
当然ぶつかってお互いに背中から地面に倒れ、俺は結構強く尻餅をついた
「いててて。」
何なんだコイツ。
喋る魔物ってそこら辺に居るものだっけ。
「ニンゲンさん。ダイジョウブ?」
「わっ!」
尻もちをついた俺の上に、その魔物は乗ってきて俺の顔を心配そうにのぞき込んむ。
どうやら敵意はないみたいだ。
「まぁ、大丈夫だよ。」
「わーい。よかったー。」
とりあえず、俺の上に載っているそいつを持ち上げてどかす。
意外と肌触りがいい。
なんかポヨンポヨンしている。
「ハジメマシテ! ボクはアップ! ニンゲンさん。僕の相棒になって一緒に冒険に行こうよ!」
そいつは、アップは、羨ましいくらいキラキラした笑顔でそう言った。




