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2-4話 0が変わった日

 ウドンコさんの依頼は近くの森にいくつか魔物の素材を集めに行くというものだった。

 なんでも、ダンスマッシュルームがドロップする食材アイテムのマイタケが特に足りないらしい。

 それはそうだ。


 ダンスマッシュルームは強い魔物ではないけど、とにかくすばしっこくて冒険者が採取することが多い。

 採取をリンドーが請け負っていたが、ちょうど在庫が切れるタイミングで休養となってしまった。

 そのため、ウドンコさんは自分で採取せざるを得ず俺が手伝うことになった。


 そこまではいい。

 不思議なことがいくつかある。

 まず、マイタケはそのうち村に来る行商人が持ってくるからそれを待てばいいと言えばいい。


 次に、ダンスマッシュルームはジメジメしたところを好むので、リジェネア村周辺にはあまり生息していない。

 リンドーも採取のために少し離れた地域のダンジョンに行っていたようだ。

 そして、今の俺にはダンスマッシュルームを討伐できるような力はない。


 急いで手伝ってほしいという事なので、ウドンコさんはマイタケを急いで手に入れて何かに使う必要があるという事なんだろうけど…

 俺があれこれ考えながら歩く様子を見ていたウドンコさんは、どうやら俺が魔物との戦闘に不安を感じていると思ったようだ。


「安心しろスタン。魔物が出てもお前にどうにかしてもらおうとは思っちゃいねえよ。お前はあのキノコ達を追い込んでもらえばいいんだ。」

「追い込む…?」

「スタン。頭っていうのは使ってやらないと良くならなねぇもんだぞ。」

「頭を使って追い込む…?」

「そうだ。ま、お前には体を使ってもらうがな。」


 気を使って話しかけてくれたのは嬉しいんだけど、追い込むって…どういうこと…???

 目的地の森についてからしばらくして、俺はその答えを理解することになる。


「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」


 土煙を揚げながら、森の中を爆走する俺。


「いいぞスタン。その調子だ~。そのスーツもよく似合ってるぞ~。ガッハッハ。」


 その俺を見ながら爆笑するウドンコさん。

 俺は、森の中を『シッケトリ』という魔物の体毛と羽でできた『シッケトリスーツ』を着て森の中を爆走している。

 なぜそんなことをしているのか…?


 ダンスマッシュルームをジメジメした空気を好む。

 好みのジメジメした場所で隠れて過ごすため、普段はなかなか見つけられない。

 そこでこのスーツの出番だ。


 このスーツの素材となっているシッケトリは、体内に高熱の器官を持っておりそれを常に冷却しなければ死んでしまうため周囲の湿気を吸収して冷却に利用する特性がある。

 シッケトリの体毛と羽は空気中の湿気を吸収し空気を乾燥させることができるため、このスーツを着て森を走り回り一時的に空気が乾燥した状態を作り出してダンスマッシュルームを炙り出し、彼らが好むジメジメした空気を出す捕獲機で捕まえてアイテム化するという作戦だ。


 そんなこんなで俺はダンスマッシュルームが居そうなところを中心にグルグルと森を駆け抜けている。

 確かにステータスが封印されているとはいえ、普段から鍛えている脚力や体力までは封印されていない。

 体を鍛え続ければもしかしたらある程度は魔物とも渡り合えるようになるのかも…。


 そんなことを考えつつ、テキトーにその辺を走り回っているとウドンコさんから呼ばれた。


「おーい。もういいぞ。」


 ウドンコさんの仕掛けた捕獲機の中にはもう10匹ほどダンスマッシュルームが捕らえられていた。


「はぁ、はぁ、結構簡単に捕まえられるんだね。」

「ああ。いつもは1~2匹くらいしか捕まらんのだけどな。今日はどうやら当たりを引いたようだ。これだけあればしばらくは困らん。」

「これ、どうやってアイテム化するの?」

「これはな、このまま日光に当ててしばらくするとアイテム化する。」

「そっかぁ。魔物って戦って倒す以外にも方法があるんだ。」

「ま、そういう事だ。よし、帰るぞ。」

 

 子供でも相手できるような魔物しかいないとしても、やはり魔物の出てくる場所に長居するようなものじゃない。

 目的を果たした俺とウドンコさんは、周囲を警戒しつつ村へと戻ることにした。


「お前からすれば意外だろうが、冒険者のいない小さな村というなそれほど珍しくもない。」

「そうなの?」

「ああ、確かに冒険者が居た方が安全で素材も手に入りやすい。だがな、生活に必要な素材は自分たちでどうにか集めることもできる。特に俺たちのような料理人は今日みたいに道具を使って素材を自力で集める場合が多かったもんよ。大工なら建材や壁材に魔物の素材やダンジョンの素材を使うことが多い、服屋だって魔物の素材を使った服を使ったりする。冒険者なんて職業ができる前からアレコレ工夫して魔物を相手にしてきたもんだ。」

「じゃぁ、俺が冒険者にならなくても、みんなでどうにかできるってこと…?」


 ウドンコさんが立ち止まってこっちを振り返る。

 なんかすごく驚いたような、呆れたような、憐れむような、困ったような、なんて言っていいかわからない顔をしていた。

 

「おまえ、結構ネガティブ思考の根暗なやつだったんだな。」


 うう・・・ひどい。

 間違ってないけど。

 

「つまりだなぁ。今のお前の状態を考えれば道具を使って魔物を何とかしろって話だ。」

「道具?」

「そうだ。魔物用の道具の事くらい少しは知ってんだろ?」

「そういえば、そう言うのもあったような…」


 またしても、ウドンコさんの表情が険しくなる。

 

「リンドーの野郎。剣を振ることしか教えてねぇのか。これだから強い冒険者って言うのは…。あ~なんだ、俺は言いたい事は言った。あとは好きにしろ。」


 話していると、もう村に着いていた。


「なんだ、もう着いちまったのか。スタン。あとで俺の家にこい。今日の礼に晩飯を食わせてやる。」


 そう言うと、ウドンコさんは家の方に行ってしまった。

 俺は依頼完了の報告もあるのでギルドハウスに向かう。

 

「あれ、スタン兄ちゃん。」

「ん? おお、ウィルじゃん。」


 声を掛けられて振り向いてみると、ウィルがいつものようにニカっと笑っていた。

 ウィルは、俺より4つ下で俺と同じように冒険者を目指している。

 

「何でそんな格好してるのwww」

「え?」


 言われて気が付いた。

 シッケトリスーツを着たままだ。


「あ!! スタン兄ちゃん。冒険者になれないから魔物になってダンジョンを冒険するのか。頭いいなぁ!!」


 こいつ、何を言っているんだ・・・。

 相変わらず発想がぶっ飛んだ奴だぜ。


「ねーねー、これどんな魔物になれるの?」

「あー、違う違う、これは魔物になる訳じゃないんだよ。」


 ギルドハウスに向かって歩きながら、ウィルにシッケトリスーツについて説明してみた。

 

「スタン兄ちゃんはいろんなこと知っててすごいなぁ。」

「あ~、俺も今日ウドンコさんに教えてもらったんだよ。」

「そうなんだ。」

「そうだぞ~。ま、俺もお前も、また新しいことを知って成長してしまったな!」


 とりあえずテキトーな事を言っておいた。

 たぶん勝手にウィルの中で納得する答えを出してくれる。


「そっか、スタン兄ちゃんは毎日成長してるんだね。それならすぐ冒険者になれるね~。」

「お、おお、そ、そうだな。」


 え、そうなのか・・・

 まぁでも伸ばせるところを伸ばして成長し続けられれば、そうなれる・・・のか・・・?

 さっきシッケトリスーツを着て走り回ったからわかったけど、今まで鍛えてきた肉体的な能力までは失ってない。


 武器や防具は装備できないけど、シッケトリスーツの様な道具は装備してその機能を使うことができた。

 という事は、戦う事はできないけど戦うこと以外はできるのかもしれない。

 仮に、ダンジョンで魔物と出会わなければ、魔物と出会っても逃げることができればもしかしたら。


「ウィル。お前凄い奴だな。」

「なにが?」

「俺にはまだ、冒険者になれる可能性があるってことを見抜いていた事だよ。」


 『可能性がない』が『可能性があるかもしれない』になった。

 0が0でなくなる。

 それが、限りなく0に近いものだとしても。


 0でないのなら、そこから先それに手を伸ばすのかどうかは個人の問題だ。

 そう、個人の問題なんだ。

 俺はシッケトリスーツを着たまま両手を広げて走り出した。


「ウィル。ついて来いよ。ギルドハウスまで競争だ。」

「いいよ~。」

 

 走り回ってだいぶ疲れていたはずなのに、俺の足取りは軽かった。


 

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