1-10話 聖獣白虎
リンドーの攻撃がルナティカスに炸裂する。
そのあまりの衝撃は、ルナティカスの断末魔すらかき消すほど。
そしてその衝撃と輝きはルナティカスを押しつぶし大地を貫く様だった。
ダンジョン内とは言え、ごっそり地面が抉れているのは思わず唾をのむ。
あんな必殺技を隠してたなんてリンドーのやつ~。
しばらく反抗的な態度をとるのはやめておこう。
それはさて置きとにかくリンドーの元に急ごう。
あんな攻撃をしたんだ、たぶん体力も魔力も使い切ってぶっ倒れてるはずだ。
「リンド~。」
「ピピピ~」
リンドーの元に向かう俺にハミングバードもついて来てくれた。
たどり着いてみると、やっぱりリンドーは倒れていた。
ボロボロになったルナティカスは横たわってピクリともしない。
やったんだ。
リンドーがやってくれたんだ。
早く回復しないと…ポーションはまだ残っていたっけ…
「そうだ、さっきみたいにリンドーも回復してくれるか?」
「ピィッピ。」
ハミングバードは了承してくれたようで、歌でリンドーを回復してくれた。
ルナティカスが倒れたことで、さっきまで充満していた邪気はもう感じない。
あたりにハミングバードの奇麗な歌声が響き噓みたいに穏やかな世界を感じた。
リンドーはしばらくして目を覚ました。
「大丈夫?」
「ピ~ピピ~?」
「ああ、まぁ、なんとかな。助かったぜ。体はガタガタだけどな…。」
仰向けに寝そべったままでリンドーがハミングバードの嘴をなでる。
ハミングバードも嬉しそうだった。
「ありがとうな、ピィ助。」
「ピィ助? スタン。なんだそれ。」
「この子の名前だよ。ピィって鳴くからピィ助。」
「いやいや、ハミングバードなんだからハミ太郎だろ。」
リンドー。
なんていうネーミングセンスなんだ。
それは流石にない。
「とにかく。お前のおかげで俺もリンドーも助かった。ありがとう。」
「ああ、俺もスタンもお前のおかげで生き残れた。礼を言うぞ。」
俺たちは改めてハミングバードに礼を言う。
「ピィ~」
ハミングバードも誇らしそうだ。
リンドーももう立てるくらいには回復したのであとは帰るだけか。
いろんなことがありすぎだったよなぁ。
「そういえばさ、リンドー。さっき入り口のポータル壊れちゃったけどどうやってここから出るの?」
「ああ…、こんな事態は俺も流石に経験がない。しかしまぁ、調べて見れば何とかなるかもしれない。とにかく一度ポータルを調べるぞ。」
「よし、じゃぁピィ助も一緒に来てもらおうかな。ダンジョンボスになったみたいだし何か力を貸してくれるかもしれない。」
「ピ…」
ハミングバードが一緒に来てくれようとしたその時。
その体が、奴に飲み込まれた。
「ああ…、美味…」
ルナティカスの口から血がしたたる。
ゴクンと飲み込みこんだルナティカスの喉は、ハミングバードがルナティカスの胃へと流れていく様子が外からでも理解できた。
傷だらけだったルナティカスの体がみるみる回復していく。
「おお…、これほどとは。そうか、これがお前たちの世界の仕組みか。」
一瞬の出来事にあっけに取られていた俺たちは、つまり完全に油断していたんだ。
明らかな敵を目の前に、戦闘態勢を取ることもなく一つの小さな命が散っていった悲しみに心を持っていかれてしまった。
喪失感で動けなくなった俺たちの様子見ていたルナティカスは、その邪悪な赤い瞳で嘲笑うかのように問いかける。
「ククク…。どうした? 今しがたお前たちの仲間を食い殺したのだぞ? 仇を目の前にして何故怒り憎しみ向かって来ない?」
そう言いながら強烈な魔力の矢を俺とリンドーに向けて飛ばしてくる。
「動け! スタン!!」
とっさにリンドーが俺を突き飛ばす。
そのおかげで俺の心臓めがけて飛んできた魔力の矢は、心臓ではなく俺の右腕を貫いていった。
だけど、リンドーは腹部と右太ももに矢が直撃を食らってしまう。
「ぐぁ…」
「がはっ…」
リンドーはその場に倒れ、血だまりができた。
その赤い血は、俺にルナティカスの牙に貫かれたハミングバードの姿を連想させる。
リンドーが死ぬ…。
父さんと母さんが居なくなってから、ずっと俺のそばに居てくれた。
俺と一緒にずっと父さんと母さんが帰ってくるのを村の入り口で待ってくれた。
リンドーが。
冒険者になって、有名になって、この村にたくさんの人が来るようにして、父さんと母さんを探すって決めたとき。
『そんなの簡単だ。お前が、お前の両親より強くなればいい。』って俺に剣を渡してくれたリンドーが。
あいつに殺される…。
それを認識した瞬間、右腕を貫かれた痛みを忘れるほどの怒りが沸き上がった。
左手に剣を持ち換えて一直線にルナティカスに向かっていく。
リンドーとハミングバードの仇を俺が取る。
「血の一滴、肉の一欠けらすらも残さず、この世界から抹消してやる!! 殺してやるぞルナティカス!!」
「クハハハッ!! その程度の動きで我を捉えるだと?」
ルナティカスがバッと上空へ飛びあがり、そのまま背後に回って俺の背中を爪で切り裂く。
「ぐあぁぁぁ!!」
そのまま俺は地面に倒れ込んだ。
「哀れだな、虫けらが己の限界も知らずに這いずり回っている。」
剣を支えに何とか立ち上がる。
「よせよせ、もう苦しむこともあるまい。そのまま寝ていろ。息をするのですら辛そうではないか。」
ふざけやがって。
それではいそうですかと諦めて寝転んでたら、あの山賊猪にも、ハミングバードにも、リンドーにもあの世で顔向けできねぇ。
「せめて一撃、一撃だけでも叩き込んでやらなきゃ死んでも死にきれねぇんだよぉ!!」
残る力の全てでルナティカスに向かっていく。
その瞬間、俺の頭の中に何かが聞こえた気がした。
だけど、この時の俺にはそれを考える余裕なんてなかった。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
スラッシュを放とうとしたそのタイミングでそれは起きた。
ーー適性脅威レベルS確認。状況に合わせ、オメガスキル『シャインスラッシュ』および、補助スキル『瞬閃』を開放ーー
突然俺の頭の中に、スキルの使い方がひらめく。
相手との間合いを一瞬で詰める補助スキル瞬閃を使い、ルナティカスとの距離を一気に詰めた。
「バカな!?」
ルナティカスの眼前に飛び込んだ俺は、そのまま解放されたもう一つのスキルを使う。
スラッシュには強化派生としてフレイムスラッシュやブリザードスラッシュ等の属性を持ったプラーナを上乗せするスラッシュが存在する。
この技は、無属性プラーナをスラッシュに上乗せした属性系スラッシュの頂点に君臨する技だ。
「シャインスラッシュ!!」
俺はルナティカスを真正面から真っ二つにするつもりで叩き込んだ。
激しい輝きを放つ荒れ狂う力の奔流がルナティカスに襲い掛かる。
「グォォォォ!!!!」
とっさに防御の障壁をルナティカスが使用し防がれてしまったが、額は大きく切り裂かれ血が流れだしている。
だけど、こっちはそれ以上にボロボロだ。
ーー状況の変化を確認。パッシブスキル『オートリペア』『オートリチャージ』を開放ーー
消費した体力及び魔力がすぐに回復した。
これなら長期戦でもやっていける。
「わ、我の障壁を切り裂いただとォ…!! 貴様、どこにそんな力を隠し持っていた!?」
「俺だって知らねぇよ!」
考えるのは後でいい。
今は、コイツの存在を消滅させることだけだ。
立て続けにシャインスラッシュを叩き込む。
「おかしい。あの幼鳥を喰らってこの場の力が我に流れ込んできているはず。その我に通じる力など…。バカな! バカな!!」
鬱陶しい障壁で攻撃を防ぐルナティカス。
あの障壁を完全に貫くにはもっとパワーを集中させる必要がある。
俺はもっと攻撃力を高めるために、剣にエーテルと無属性プラーナを上乗せした。
だが、その瞬間。
力に耐えきれなくなった剣が崩壊してしまう。
「なにっ!? 剣が砕けた!!?」
その一瞬を奴は見逃さなかった。
「調子に乗ったなぁ小僧!!」
前足で地面に叩きつけられ、俺は身動きが取れなくなる。
体中の骨がグチャグチャになったかのような激痛が全身を貫く。
「がはっ!!」
「貴様は今ここで殺さねばならん。この世界に力を貸し与えられたのかと思ったが、そのような類ではない。アレが貴様自身の本来の力。聖獣に匹敵するその力…貴様は危険すぎる。」
ルナティカスが俺を爪で引き裂こうとしたとき、その人はやって来た。
・・・正確には『人』ではなかったんだけど。
「そこまでだ。ルナティカス。」
ルナティカスが突如現れた何者かに蹴り飛ばされて吹っ飛ぶ。
あいつを拳ひとつで吹っ飛ばすなんてなんて人だ。
ルナティカスは態勢を整えると、苦々しい口調でその人にこう言った。
「グヌゥゥゥ、やはり来たか白虎。だが、朱雀ではないところを見ると、奴はまだ戻っておらぬのだな? 青龍に玄武は動けぬか…。」
「フン。お前程度は俺だけで十分ってことだ。」
白虎に朱雀、青龍に玄武。
その名には聞き覚えがある…というか心当たりしかないけど、いや、そんな、まさかね…。
俺の聞き間違いじゃなきゃ、その名はこの星の守護者で俺たち人間を見守り導いてくれると言い伝えられている4聖獣の名前だ。




