1-9話 魔を断つ剣(つるぎ)
ルナティカスを誘って隙を作らせるつもりが、まんまと返されちまうとは情けねぇな。
クソッタレが、考えが甘かった。
動けなくなるような致命傷だけは避けられたが、どう考えても絶体絶命だなこりゃ。
「コレでもとどめを刺せぬか…。すでに瀕死とは言えなんというしぶとさよ大剣使い。」
背後からゆっくりと近寄って来るルナティカスの気配がある。
その面を拝めないのは残念だが、苦々しい顔をしているのはなんとなくわかるぜ。
ちったぁビビってくれたか…?
「へっ…、お前の方こそよくあの状況で慢心しなかったもんだよ。」
「我は人間を好かぬ。だが、人間を侮りはしない。」
「くっくっく…」
「何がおかしい?」
「いやいや、よっぽど苦汁をなめさせられた相手でもいるのかと思ってよ。」
「ふん。死にかけでよくしゃべる。」
どうやら図星か。
クロスの野郎、そこまで追い詰めといて仕留めそこないやがって。
確かに血を流しすぎた。
だが、基礎訓練によって高められたパッシブスキル『自己治癒』がある。
どうにか時間を稼いでみるか。
「なぁ、お前なんで全力を開放してこのダンジョンごと俺たちを破壊しようとしなかったんだ。やろうと思えばできたんだろ?」
「…確かにな。しかし、そんなことをすれば、あの忌々しい聖獣どもに感知されてしまう。さすがに我と言えどあの存在と相対すには準備が必要だ。」
聖獣って…ここにきておとぎ話かよ。
「へ~、お前でも聖獣様は怖いってのか。」
ふとルナティカスは空を見上げた。
「そうだな。我々は奴らに負けている。故に次は勝たねばならん。」
マジでこいつら聖獣と戦ったって言うのか…てことは聖獣の伝説って作り話じゃなかったのか。
うっそだろ…
「お前みたいなのに勝つとはさすが聖獣様だ。」
「憎らしい事よ。我らが持つ力を人間が使い奴等聖獣を生み出し、そのような力に敗北を喫したのだからな。」
ん? それって…
「てことは、太古の昔にあったこの星を襲った侵略者ってお前たちなのか…?」
「そうだ。多くの仲間と共に我らは銀河の向こうからこの星を目指した。そもそも、我もこの星の者との戦いの最中に生み出された兵器の一つではあったがな。」
「お前が…兵器…だと。」
「我らは我らを生み出した存在によって与えられた使命である『破壊』を遂行しているにすぎぬ。」
「それで、聖獣様たちに返り討ちにされたって話か。」
バシィン!!
ルナティカスが、しっぽで俺の耳元の地面を激しく叩きつける。
「おしゃべりの時間はここまでだ。お前が何やら時間を稼ぎたがっていたから付き合ってやったが、どうだ? まだ何かできそうか?」
「はは、そいつはお優しい事で。」
流石にまだ動けそうにねぇ…
「お前を食らって我が血肉とし、奴等へ対抗する準備の一部となってもらおう。」
「腹壊しても知らねぇぞ。」
ルナティカスがゆっくりと近づいてくる。
この期に及んで警戒を怠らないとは、どんだけ手痛い思いをさせられたんだ。
少しばかり心中お察しするぜ。
ルナティカスがその鋭い爪を突き刺そうとしたとき、遠くからスラッシュの斬撃がルナティカスの胴に炸裂する。
それは、あろうことかルナティカスを吹き飛ばすほどの威力を持っていた。
「なんだとぉ!?」
警戒を解いてなかった事がまたしても奴を救ったようだ。
ダメージは負ったものの、サッと態勢を整え追撃に備えている。
そして俺も奴も斬撃の飛んできた方向に視線を向けた。
「リンドー!! 今行から待ってて!!」
我が目を疑うとはこのことだな。
あのスタンが、こちらに向かって走りながらとんでもない威力のスラッシュをバンバン連発してやがる。
どういうわけかピンピンしてやがるじゃねぇか。
「いや、何してやがるんだバカ野郎! とっとと逃げろ!!」
「どこに逃げたって変わらないよ。それに、俺はリンドーまで居なくなるのは嫌だ!!」
スタンはそう叫ぶと、さっき以上のスラッシュを立て続けに叩き込む。
流石にこれを受けるわけにはいかないルナティカスは大きく距離を取った。
スタンが俺とルナティカスの間に立つ。
「おいスタン。何がどうなってるんだ。」
「俺にも詳しいことはわからないよ。でも、この子が力を貸してくれているんだと思う。」
そう言うとスタンは肩に止まっていたハミングバードを手に乗せて、俺のそばに下ろす。
「こいつは…、さっきのハミングバードか?」
「そうだよ、リンドーが助けたから恩返しに来たんじゃないかな!」
「なんだってぇ!?」
あまりにも頭お花畑なスタンの言葉に、こちらも素っ頓狂な声を出してしまった。
「いいから、この子の歌を聞けばわかるよ。」
スタンがそう言うと、ハミングバードは歌い出した。
「これは! 傷が治っていく…それに、魔力も回復している。」
驚いた。
成長したハミングバードでもこんなに回復量は高くない。
何かしら別の力が働いているのかもしれない…。
「まさか、ハミングバードお前が新しいダンジョンボスになったのか!?」
「リンドー、どういう事?」
「ダンジョンからのブーストを受けているのなら、成長前なのに歌に回復効果が発生したのも理解できる。稀な事象ではあるが、ダンジョンボスが居なくなると他のモンスターに引き継がれることがあるんだ。」
「へ~、そんなのもあるのかぁ。流石リンドー。」
いや、本来のダンジョンボス引継ぎは、元のダンジョンボスをそのダンジョン内の魔物が倒した場合に発生する。
今回は条件に該当しない。
ルナティカスという異常事態が影響しているのかもしれないが考えるのは後だ。
確かに傷は回復したが、以前以上の力を得られたようには感じない。
スタンのあの異常なまでの力はいったいどこから…、まさかダンジョンのリソースがあいつにも流れているのか?
どうなってんだいったい。
「俺には回復効果しかないようだ。だがスタン、お前にはダンジョンのリソースが流れ込んでダンジョンボスと同じようにブーストをされているのかもしれない。」
「あ! なるほど。だからこんなに力が出せるのか!!」
うわ、単純なやつ。
何一つ疑問を感じずに信じやがった。
コレはコレで不安だな…。
「スタン。その力あとどのくらい使えそうだ。」
「えっと、まだまだ全然大丈夫。100発でも200発でもスラッシュが使えそう。もう結構使ってるのに全然疲れないから。」
「なんだと…。」
一体全体何がどうなっているのかさっぱりだが、これは好機だ。
これなら万に一つがあるかもしれねぇ。
「スタン。このままあいつを足止めしろ。俺があいつを消し飛ばす。」
「わかった!」
恐らくルナティカスは、スタンが攻撃を続ければ攻撃を避け続けスタンのガス欠を誘うはず。
こちらとしても、今のスタンの状態をもう少し正確に把握できれば他の対処があるかもしれないが、ルナティカスを相手にしながらそれをするのは無理だ。
あいつの慎重さを逆手にとって注意を引き付けてもらうのが現状の最善手。
スタンに時間を稼いでもらって、俺があいつを消し飛ばす一撃を叩き込む。
数多の魔物を打ち滅ぼし『魔を断つ剣士』と呼ばれた師匠最強の奥義に賭ける。
成功したためしはないが、ここで、俺が決める。
「ま、分の悪い賭けなんざいつものことだ。」
飛び上がり、上空で大剣を振る。
大気中の魔力をかき集めるように。
「なぁ、師匠、アンタに託されたこの大剣、俺には到底不釣り合いだと思ってたんだ。だけど、それに見合う様に、師匠みたいになれるようにこの剣を振り続けてきた。この不出来な弟子にどうか力を貸してくれ。」
魔力を察知したのかルナティカスが驚愕の表情でこちらを見上げる。
「なんだと!? 大剣使いがどうしてそこにいる!!」
俺に気が付いたルナティカスが驚きの声を上げる。
まぁ、そうだろそうだろ。
無力化したはずだもんなぁ。
さて、スタン。
ちゃんと時間稼ぎしろよ。
力を溜めるのに時間がかかるからな。
「我、星を穿つ者。」
詠唱と共に体中のエーテル、プラーナ、マナ、ルーン全ての魔力が体から放出されていく。
さっきのオーバーブーストの非じゃねぇ。
「我が放つは剣技の頂、修練の極致。」
続く詠唱と共に、放出された魔力たちを大剣に流し込む。
その際、性質の違う魔力を1つに合成し純粋な魔力そのものエネルギーの塊として圧縮する。
グッ、負荷が高すぎて意識を持っていかれそうだ…
「我が命の輝きを持って、剣よ我が前に立ちはだかる敵を滅ぼせ。」
最後の詠唱と共に、極限まで圧縮したエネルギーを大剣に乗せ斬撃として放出する。
グゥゥッ、あと少し、あと少しだけでいい、俺の全部をこの一撃に…
体がバラバラになりそうなほど軋む。
大剣に流し込み圧縮した魔力が解放を求め暴れ狂う。
ダメだ魔力が逆流してきそうになるのを押しとどめられない…ッ。
それでも、それでも、俺の体よ師匠の大剣よ…。
耐えてくれ、師匠が最後に俺に授けてくれたこの技に届かせてくれ。
俺に、あいつを守らせてくれ、ここで諦めるわけにはいかないんだ!!
――指定条件クリアを確認。
ユニークスキル『ジョーカー(切り札)』を開放。
ユニークスキル開放に伴うステータス上昇により称号『星を穿つ者』を授与。
また、保留されていた称号『魔を断ち切る者』を継承。
称号獲得によるステータス上昇により、オメガスキル『メテオスラッシュ』使用可能――
力がみなぎってくる。
これならいける!!
「メテオスラッシュ!!」
星を穿つエネルギーが斬撃として放たれる。
本当に命を使い切るような感覚だ。
出し切った俺の全部を。
「貴様ぁ!! これほどの力をどこから!! グォォォォォォ!!!!!」
斬撃にルナティカスが飲み込まれていく。
ざまぁみろ、そのままくたばっとけ…。




