第7話「再会」
川の灯り祭りから数日後。
田主丸の小さな町は、まるで何かが芽吹いたかのようにざわついていた。
「見た? ニュースに出とったよ!」
「SNSでバズっとるらしいな、“#カッパチャレンジ”とかって」
商店街の人々が口々に話している。
祭りの写真や動画が拡散され、幻想的なカッパの姿と無数の灯籠の光景は「日本の小さな町に奇跡が起きた」と称えられていた。
颯太は新聞を手に、胸の奥が熱くなるのを感じていた。
——自分のメイクが、人を動かし、町を照らした。
それは誇らしくもあり、同時にどこか怖くもあった。
忘れたい過去まで、光に照らし出してしまうのではないかと。
⸻
その不安は、突然現実となった。
ある夕方。商工会館の前で山下と立ち話をしていると、一人の男が静かに近づいてきた。
背は高く、スーツ姿。だがどこか疲れたような影を背負っている。
「……松岡」
低い声に、颯太の心臓が跳ねた。振り返った瞬間、息を呑む。
——如月蓮。
かつて自分の特殊メイク事故で、顔に傷を負わせてしまった俳優。
喉が乾き、声が出ない。
山下が怪訝そうに二人を見比べている。
「な、なんや知り合い?」
「……はい。昔の、仕事で」
颯太はやっと絞り出すように答えた。視線を合わせられない。
⸻
「ここでお前の噂を聞いた。いや、ニュースで見たんだ」
蓮の声は落ち着いているが、その奥に硬いものが潜んでいた。
「正直、驚いたよ。あの事故のあと、お前は業界から消えたと思っていたのに……こんな田舎で、カッパを作ってるなんてな」
皮肉か、それとも本心か。
颯太には分からなかった。ただ、罪悪感が押し寄せる。
「……すみません。本当に、あの時は——」
言いかけた瞬間、蓮が手を上げて遮った。
「謝罪を聞きに来たわけじゃない。俺はただ……お前が作った“笑顔”を、自分の目で確かめたくて来たんだ」
その言葉に、颯太は言葉を失った。
⸻
それから数日、蓮は町に滞在した。
町の人々は有名俳優に気づくこともなく、ただの旅人として親切に接した。
畑でスイカをもらったり、商店街の子どもにきゅうりを手渡されたり。
蓮は驚いたように微笑み、時折遠くを見つめていた。
「みんな……俺の顔を気にしないんだな」
そう呟く声を、颯太は偶然聞いた。
胸が締め付けられる。——事故以来、彼がどれほど孤独だったか。
⸻
ある夜。川沿いを歩く蓮の背に、颯太は思わず声をかけていた。
「如月さん……いや、蓮さん」
振り返ったその目には、まだ消えない影があった。
「俺は……あなたを傷つけたまま逃げました。本当なら、二度と会う資格なんてない。でも——」
言葉が詰まる。蓮は黙って聞いていた。
「でも、もし少しでも……俺のメイクを、もう一度受け入れてくれるなら。俺は、どんな形でもやり直したい」
震える声だった。
蓮はしばらく無言で立ち尽くし、やがてかすかに笑った。
「……俺も、もう一度信じてみたいよ。お前を」
その笑みは、ほんの少しだけ、昔の舞台で輝いていた蓮を思わせた。
⸻
川面に映る月が揺れていた。
再会は痛みを呼び起こしたが、それ以上に、新しい希望の灯をともしていた。
颯太は拳を握りしめ、心の中で誓った。
——逃げない。今度こそ、向き合うんだ。