第6話「川の灯り祭り」
夏の終わりを告げる蝉の声が弱まり、田主丸の夜風が少しだけ涼しくなった頃。
颯太は商工会館の縁側に腰かけ、山下から渡されたチラシを眺めていた。
「次は伝統行事とコラボや! 川の灯り祭りにカッパを混ぜるんや」
「……灯り祭り?」
「町の人たちが灯籠に願いを書いて川に流すんよ。昔から続いとる大事な祭りやけど、最近は人も減って寂しかった。そこにカッパが加わったら、もっと幻想的になるやろ?」
山下の言葉に、颯太は小さく笑った。——この町は、本当にカッパで何でもやろうとする。けれどその無茶さが、いつしか愛おしくなっていた。
「分かりました。今度は……美しいカッパを作ります」
颯太の瞳に、決意が宿った。
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当日の夕暮れ。
川沿いの土手には、出店の灯りと人のざわめきが溢れていた。浴衣姿の子どもや、団扇を片手にした家族連れ。観光客らしき人々も「きれいだね」と笑い合っている。
控室では、颯太が黙々と筆を走らせていた。
今回は「人の心を映すカッパ」がテーマ。これまでのコミカルさとは違い、淡い緑のグラデーションに透けるような鱗を描き、瞳の周りには水面の揺らぎを思わせる模様を施した。
「うわ……きれい……」
女子高生が鏡を覗いて思わず息を呑む。大人の女性も「なんか、神秘的……」とつぶやいた。
——笑わせるためじゃない。心に残るためのメイク。
筆を置いた瞬間、颯太は胸の奥でそう確信した。
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夜の帳が降り、祭りが始まる。
川辺に並んだ無数の灯籠が、ひとつ、またひとつと水面に浮かび、ゆるやかに流れ出す。赤、青、橙の光が波に揺れ、まるで星空が川へ降りてきたかのようだった。
そこに現れたのは、カッパ姿の人々。大人も子どもも、それぞれの願いを書いた灯籠を手にしている。緑の肌と光る灯りが重なり、幻想的な風景を生み出していた。
「ほら、カッパが灯籠を流しよる!」
「なんや夢みたいやなぁ……」
観客からため息まじりの声がもれる。
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颯太もまた、一つの灯籠を手にしていた。白い紙に、震える手で文字を書く。
——ごめん。そして、ありがとう。
事故で傷つけてしまった俳優。
もう直接伝えることはできないが、この川ならきっと、心の奥の言葉を運んでくれる気がした。
颯太はゆっくりと灯籠を水面に置いた。淡い光が波に揺れ、やがて他の灯りと混ざり合って流れていく。目頭が熱くなり、視界がにじんだ。
「松岡さん……」
隣に立つ山下が、そっと声をかけた。だが颯太は何も言わず、ただ静かに頷いた。
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やがて川一面が灯籠で埋め尽くされ、緑に染められた人々の姿と溶け合う。幻想的な光景に、誰もが言葉を失っていた。
その中で颯太は思った。
——俺はまだ、人を笑顔にできる。いや、涙すらも分かち合える。
特殊メイクはただの仮装じゃない。人と人をつなぎ、心に火を灯す力がある。
頬を濡らす涙を隠さず、颯太は小さくつぶやいた。
「……もう一度、この道で生きていこう」
川面に浮かぶ無数の光が、彼の決意を祝福するように揺れていた。