第5話「カッパ駅伝」
町コンの成功から数日後、颯太はまたもや山下に呼び出された。商工会館の畳の間には、青年部の面々が集まっている。机の上には町の地図が広げられ、赤ペンで線が引かれていた。
「次はこれや!カッパ駅伝!」
山下が勢いよく地図を叩く。
「町中をぐるっと走って、きゅうりをバトン代わりにリレーするんよ。子どもからお年寄りまで、みんな参加できる。観光客も呼び込めるし、町の一体感も出るやろ?」
「駅伝で……カッパ?」
颯太は半ば呆れつつも、胸の奥で少しだけ期待が膨らむのを感じた。カッパ姿で町中を走る人々。その光景は、確かに見てみたいと思った。
「もちろん、颯太くんのメイクが命や。普通の仮装やなくて、ほんとにカッパが走っとるようにしたいんよ!」
山下の目が輝いている。
——またか。けれど、この人の熱意に押されると、断る言葉が出てこない。
結局、颯太は引き受けた。
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駅伝当日の朝。
川沿いの広場には、色とりどりのテントが立ち並び、観客や参加者でにぎわっていた。子どもも大人も、お揃いのゼッケンを付け、颯太の前に列を作る。
「次の方どうぞ」
颯太は手際よく緑の塗料を肌にのせ、鱗模様を描き、皿を装着していく。小学生は「すげー!」と大喜びし、中年男性は「恥ずかしかなあ」と言いつつ、鏡を見て吹き出す。
やがて控室には、大小さまざまなカッパたちが並んだ。
「よーし!スタート地点へ!」
山下の掛け声とともに、最初のランナーたちが土手に並ぶ。手に握られているのは、青々としたきゅうり。観客の笑い声と拍手が広がった。
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号砲が鳴る。
ランナーたちが一斉に駆け出した。カッパが町中を走り抜ける異様な光景に、道沿いの観客はスマホを掲げて歓声を上げる。
「カッパがほんとにおるみたいや!」
「がんばれー!」
きゅうりバトンが受け渡されるたびに、笑いと拍手が湧き起こった。子どもが必死に走る姿、若い女性がきゅうりを振りかざしてスピードを上げる姿、みんなが全力で楽しんでいる。
颯太は沿道に立ちながら、その光景を食い入るように見つめていた。自分の手が作り出したカッパたちが、町の人々を一つにしている。
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クライマックスは最終ランナーだった。
バトンを受け取ったのは、足が悪く杖をついているおじいさん。観客がどよめき、静まり返る。
「無理じゃなかろうか……」
誰かがつぶやいた。
だが、その横に小さな影が飛び出した。おじいさんの孫だ。彼もカッパメイクを施され、ちょこんと皿を乗せている。
「おじいちゃん、一緒に走ろ!」
手を取り合って走り出す二人。おじいさんはぎこちなく足を運び、何度も転びそうになるが、孫が必死に支える。観客から自然と大きな声援が飛んだ。
「がんばれー!」
「カッパじいちゃん、負けるな!」
やがて二人はゴールテープを切った。会場は拍手と歓声に包まれ、おじいさんは息を切らしながらも笑顔を浮かべ、孫の頭を撫でた。
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その光景を見つめながら、颯太の胸に熱いものが込み上げた。
——特殊メイクは、人を笑わせるだけじゃない。背中を押して、勇気を与えることもできるんだ。
観客の笑顔、走り終えた参加者たちの誇らしげな表情。そのすべてが、颯太に「自分はまだ役に立てる」と告げていた。
夕暮れの空を仰ぎ、彼は小さく呟いた。
「……俺も、もう一度走り出せるかもしれない」
川面を照らす夕陽が、皿のように丸く輝いていた。