第4話「カッパ町コン」
「颯太くん、次はこれや!」
ある夕方、商工会館に呼び出された颯太は、またもや山下に腕を掴まれていた。テーブルの上には手描きのチラシが並んでいる。そこには大きく「カッパ町コン開催!」と書かれていた。
「……町コン?」
「そう!青年部で考えたんよ。若い独身の男女を集めて、みんなカッパメイクで変身して婚活するんや。顔が隠れれば恥ずかしゅうないし、話も弾むやろ?」
「いや、婚活とカッパを組み合わせるって……」
呆れる颯太をよそに、山下は胸を張る。
「この前の相撲もダンスも大成功やった。次は恋愛や!町の未来を担うカップルを作らんと!」
勢いに押され、結局颯太は引き受けることになった。
——開催当日。
会場は川沿いの旅館の大広間。入口には「カッパ町コン」と大きな横断幕が掲げられている。
受付を済ませた男女たちは、控室で順番にメイクを受けた。
緑の下地を塗り、頬に軽い鱗模様を走らせる。鼻筋には影を入れ、額には皿を装着。だが今回は「怖すぎず、でも可愛くもなりすぎない」よう加減に工夫した。
「これなら、話しかけやすそう」
鏡を覗いた女性がほっと笑い、隣の男性も照れくさそうに頷いた。
やがて、二十人近い男女がカッパへと変身。大広間に入ると、奇妙で愉快な光景が広がった。カッパ姿の男女が向かい合い、緊張で固まったままぎこちなく自己紹介を始めている。
「趣味は……釣りです」
「わ、私も!カッパだから似合うかもね」
笑いが起きると、次第に会話が弾んでいった。メイクの効果なのか、素顔の時よりも恥ずかしさが和らぎ、誰もが自然に笑えていた。
フリータイムになると、あちこちでカッパ同士の笑い声が響いた。スマホで記念撮影をしたり、きゅうりをかじりながら語り合ったりする姿も見える。
颯太はその光景を端で見守り、心の奥が温かくなった。——特殊メイクが、人と人の距離を縮めている。
やがてイベントも終盤。
司会者の合図で「告白タイム」が始まった。会場の空気が一気に張りつめる。
一人の男性が、おずおずと前へ出た。内気でずっと端に座っていた青年だった。緑のメイク越しに見える瞳が震えている。
「ぼ、僕……その……佐和さんと、もっと話してみたいです!」
一瞬、会場が静まり返った。視線が佐和と呼ばれた女性に集まる。彼女は頬を赤く染め、やがて小さく頷いた。
「……はい。私も、お願いします」
次の瞬間、会場は拍手に包まれた。
「おおー!カッパカップル誕生や!」
山下が叫び、他の参加者も手を叩いて祝福する。涙ぐむ人までいた。
颯太は胸の奥が熱くなった。
——特殊メイクは人を別の存在に変える。だが、その本当の力は「心の壁」を溶かすことなのかもしれない。
笑い合い、素直になり、勇気を出せる。あの日の事故で失ったと思っていた「人と人を繋ぐ力」が、今、自分の手から再び生まれていた。
イベントが終わり、参加者たちが名残惜しそうに会場を後にする。その背中を見送りながら、颯太は静かに呟いた。
「……俺のメイクで、人が幸せになれるんだ」
川のせせらぎが聞こえる夜。カッパ町コンは、田主丸の未来に小さな灯をともした。