表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/10

第1話「カッパの町へ」

松岡颯太は、小さなスーツケースひとつを引きずりながら、田主丸駅に降り立った。夏の終わりを告げる蝉の声と、ぶどう畑の甘い匂いが混じる。東京の喧騒とは正反対の、のどかな空気。彼はその景色を見ながら、ふっと息を吐いた。

 「……しばらく、ここで静かに暮らせればいい」

 かつて颯太は、特殊メイクの世界で名を知られる若手アーティストだった。映画や舞台の依頼が次々に舞い込み、雑誌に取り上げられることもあった。しかし、一つの事故が彼を変えてしまった。撮影現場での特殊メイクが原因で役者が大怪我を負い、その後のキャリアに大きな影を落としたのだ。自分の才能は、人を笑顔にするどころか、深く傷つけてしまう——。そう思い、颯太は表舞台を去った。


 田主丸町を選んだのは偶然だった。旅の途中で耳にした「カッパ伝説」の話が、なぜか心に引っかかったのだ。川辺に住み、悪戯好きだがどこか人間臭いカッパたち。その存在は、颯太にとってどこか救いのようにも思えた。


 荷物を置く宿を決めると、颯太は町を歩いた。川沿いにはカッパの石像が点々と立ち、商店街の看板にもカッパのイラストが描かれている。町全体が、ひとつのテーマで統一されているようだった。

 「ほんとにカッパの町なんだな……」

 半ば呆れ、半ば感心しながら歩いていると、背後から声をかけられた。

 「お兄さん、見ない顔やね。観光の人?」

 振り向くと、ハッピを着た中年の男性が笑顔で立っていた。地元商工会のメンバーだという。彼は颯太の自己紹介を聞くと、目を輝かせて身を乗り出した。

 「特殊メイク!?それはすごい!実はね、町おこしでカッパ祭りをもっと盛り上げたいと思っとるんよ」


 話を聞くうちに、商工会が悩んでいることが分かった。年々、祭りの参加者が減り、観光客も少なくなっている。子どもたちですら「カッパなんて古くさい」と言い、盛り上がりに欠けているという。

 「そげん時に、都会から特殊メイクの人が来るなんて、これも縁やろ!」

 男性は勢いよく颯太の肩を叩いた。

 「お兄さんの腕で、本物そっくりのカッパを作ってくれんか?人がびっくりするようなヤツを!」


 颯太は思わず黙り込んだ。もう二度と、人を驚かせたり、傷つけたりするようなメイクはしたくなかった。だが、彼の胸の奥に小さな火が灯ったのも確かだった。かつて憧れた「人を笑顔にする特殊メイク」の夢。その記憶が、田主丸の川の流れと重なった。


 「……俺にできるかは分かりません。でも、少し考えさせてください」

 そう答えると、商工会の男性は満足そうに頷いた。

 「よか!考えてくれるだけでも嬉しか。きっと町の人も喜ぶけん」


 その夜、颯太は宿の窓から星空を見上げた。川面に映る月明かりが、まるでカッパの皿のように丸く光っている。

 「……笑顔、か」

 都会で失ったものを、この小さな町で取り戻せるのだろうか。胸に広がる不安と、かすかな希望。その答えを見つけるのは、そう遠くない未来のことだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ