第7話『封の地、囁く』(続き)
火渡翔麻は、静かに川辺の土を蹴った。霧が薄れていく中、C級織士の遺体は布で覆われ、仲間の隊員たちに担がれていった。
「……あいつ、俺の訓練生だったんだ」
低く呟いたその声は、ふだんの熱血な彼とは違っていた。目の奥に宿る怒りは、まるで火布のごとく静かに燃えている。
「悔しいけど、これが“現実”だ。敵は容赦しねえ。こっちが迷えば──死ぬ」
火渡は拳を握りしめ、柚葉を見た。
「……あたしも、まだ迷ってます」
柚葉は正直にそう言った。弟を殺された痛みも、布を制御できないもどかしさも、全部引きずっていた。
「でも……一つだけ決めたんです。絶対に、逃げないって」
翔麻は、ふっと目を細めた。
「ならいい。“覚悟”があるなら、力は後からついてくる」
彼の手が柚葉の肩に触れた。その掌は熱く、安心感があった。
「火布ってのは、ただの道具じゃねえ。持つ奴の“想い”を喰って、燃えるんだ」
「想い……」
柚葉は、自分の胸に手を当てた。
炎に焼かれたあの夜。弟の手がすり抜けていった瞬間。あの時、もし自分に力があったら──
(もう誰にも、あんな思い、させたくない)
「柚葉」
翔麻が真剣な声で呼んだ。
「これから先、もっと強いカッパが現れる。奴らは“夜河連”って呼ばれてる。普通のカッパとは違う。知恵があって、狡猾で、そして信念を持ってる」
「信念?」
「ああ──『人間を滅ぼし、緑の地上を取り戻す』ってな」
柚葉は思わず息を呑んだ。
「そんな……」
「理想のために人を殺す連中だ。……ある意味で、筋は通ってる。だから厄介なんだよ」
翔麻は川を振り返る。
「自然を壊してきたのは、確かに人間かもしれねえ。けど、それを理由に命を奪っていいなんて……そんな道理は、俺は認めねえ」
柚葉も小さく頷いた。
「わたしも、認めません」
彼女の声には、かすかな決意が宿っていた。
「よし、それでいい。だったら鍛えるぞ。もっと強くなれ、柚葉」
火渡は拳を差し出した。
柚葉も、震えながらその拳に自分の拳を合わせた。
(弟が見てる。きっと、空のどこかで)
(わたしはもう、ただの妹じゃない。火布の織士──久絣柚葉として、生きる)
──霧が晴れた。
それは、彼女の中の迷いが、少しずつ晴れていく兆しでもあった。
(第8話につづく)