◆第45話『瘴花、擬態の檻を破れ』
夜河連の最深部――中枢殿堂。その巨大な石扉を、灼熱の一閃が焼き裂いた。
「ここが……終わりの場所か」
久絣柚葉が炎を纏った布の翼をなびかせ、静かに足を踏み入れる。
「遅かったな、柚葉、紅子」
木の根がのたうつ玉座に腰掛けていたのは、夜河の第六柱・槐。樹皮のような肌に、まるで老木が人の形を取ったかのような異形のカッパだった。
その隣に、少年の姿が現れる。
「お姉ちゃん……ボク、ここにいるよ」
春翔の声。死んだはずの弟が、かつての面影そのままに微笑む。
柚葉の瞳は一瞬、揺れた。しかしすぐに口角を引き上げて言い放つ。
「……もう、それ飽きたわよ。何度やっても“あなた”じゃない」
声が途端に別人のものへと変わった。擬態の使い手、第五柱・雨露ウロがにやりと笑う。
「でも――そうやって、心はまだ揺れるんでしょう?」
次の瞬間、空間が歪んだ。戦いの幕が落ちる。
◆ウロ vs 柚葉
柚葉が布を展開するより早く、ウロの擬態が始まる。弟・春翔の動き、笑い方、口調……すべてが完全再現された。
「お姉ちゃん、あの日のお祭り楽しかったね。覚えてる?」
「覚えてるさ……でも、それをお前が口にするな!!」
柚葉の焔布が唸りをあげる。問答無用の連撃がウロを叩き、火の翼が擬態を次々と剥がしていく。
◆槐 vs 紅子
一方その頃、紅子の布が毒の瘴気をまとい舞う。しかし槐の植物布が「根縛結界」となり、空間そのものを封じていた。
「お前の毒など、この森の再生力には届かん」
槐の布から生まれた蔓が紅子の足を絡め取る。次第に毒の拡散が封じられていく。
「……やっぱり、私は“闇”に向いてるのかな……?」
過去の記憶が蘇る。まだ織守に入る前、紅子は自身の毒布に怯えていた。誰かを傷つけることしかできないと思っていた。
――「君の力は、夜河にこそ相応しい」
あのとき槐は、そう語った。優しく。まるで光のように。
だが今、紅子は迷わなかった。
「私の毒は……誰かを守るためにある!」
叫びと共に、第二解放《毒花織核・第二解放》が発動。空間に無数の毒花が咲き乱れ、花粉が槐の根布を侵食し始めた。
「瘴花結界――咲いて、咲いて、腐らせて」
槐の再生布が、みるみるうちに枯れていく。
◆柚葉・覚醒
柚葉の怒りは頂点に達していた。春翔の記憶を玩具のように弄ぶウロ。その本性を、彼女は見逃さなかった。
「――焔翼織核、完全解放」
柚葉の背に展開した焔布が、巨大な紅蓮の竜となって吼える。
「春翔を弄びやがって……これは、私の怒りだ!!」
火竜がウロを包み、擬態を焼き剥がす。あらわになった本体は、ぬめりある半獣のような異形だった。
「キミも……ボクの“理想”を壊すのか……!」
◆連携・決着
紅子の瘴花結界が広がり、毒と炎が空間を支配する。
「紅子!」
「ええ、行くわよ、柚葉!」
二人は無言のうちに連携した。
炎竜がウロの変異体を封じ、瘴花の花粉が槐の根を完全に蝕む。
「焔翼・竜翔閃!!」
「瘴花の茨!!」
咆哮と共に爆発する炎と毒。夜河の拠点が崩壊を始め、最後の柱二柱が、完全に沈黙した。
燃え残る花弁が舞う中、柚葉と紅子は背中を預けて立っていた。
「……終わったね」




