第44話『双影、呪いを裂く』
廃れた山寺に、風が鳴く。石段を一歩ずつ登る男の影――黒羽迅。
そこに佇むは《夜河連・第壱柱》、呪いを操る僧侶カッパ・蛇目。
「来たか、影の子よ。影に呑まれたまま、ここにたどり着いたか」
蛇目の声はいつも通りの静寂を纏っていた。だが、迅はもう、動じなかった。
「……あの日の俺は、影に負けていた。だが今は違う」
「そうか。ならば――見せてもらおう。君の影が、本当に泣いていないのかを」
蛇目が掌をかざす。空間が軋み、空気が黒く染まっていく。
呪符結界――過去と幻影の檻が、再び迅を閉じ込める。
現れたのは、訓練生時代に失った二人――アカリと隼人。
「どうして、助けてくれなかったの……迅さん……!」
幻影のアカリが泣きながら問いかける。
隼人は血塗れの顔で呟いた。「俺たち、まだ戦いたかったのに……」
「……わかってる。お前たちを、俺は――見捨てたんだ」
迅は目を逸らさなかった。
「だけど今は違う。あの時と違って、俺には“背負う力”がある」
影が、ざわりと震えた。迅の背に、黒き羽根のような布が現れる。
「《影布織核・第二解放》――起動」
布が影と同化し、迅の足元から“もう一人の迅”が立ち上がる。
双影――迅とその分身が、蛇目に向かって駆けた。
「斬ってみろ。だが覚えておけ、この身を傷つけるたび――君もまた、同じ傷を負う」
蛇目の“呪返し”が発動。迅が放つ一撃は、同時に彼自身の身体にも返る。
それでも迅は止まらない。
「構わない……俺は、痛みを拒まない。苦しみを斬ってでも、お前を止める!」
迅と“影”の刃が、同時に蛇目を貫く。影の分身は結界の裏から回り込み、
逃げ場のない双撃が、蛇目の護符核を切り裂いた。
呪いの術式が崩れ、廃寺に静寂が戻る。
蛇目は崩れ落ち、細く笑った。
「……やっと……“影”が……誰かのために、斬ったな……」
「俺の“影”は、もう泣かない。あの日の俺も、二人の幻影も……全部、この刃で終わらせる」
黒羽迅の影がふわりと広がり、夜空に溶けるように消えていく。
「アカリ……隼人……ありがとな」
その呟きだけが、夜の風に溶けていった。




