第42話『血濡れの再会――水城凪vs葬濡』
筑後川の支流 巨瀬川——。水の気配すら歪む場所に、銀髪の女が踏み込んだ。
「来たか、水城凪……律の姉よ」
川の中央に、血に染まった外道がいた。無数の血管のような触手を背に、異様な脂肪に包まれたカッパ・葬濡が、笑っていた。
「ようやく二人きりで話せるな。弟くんのこと……ちゃんと覚えているよ」
凪の眉がわずかに動いた。だが、表情は冷たいままだ。
「葬濡、あなたを殺すために私は水布と生きた。そのために、全てを捨てた」
「なら——見せてみろよ、律より“強い”ってところを」
血がうねった。葬濡の足元から赤い波が突き上がり、凪を包もうとする。しかしその瞬間、蒼の龍が唸った。
「——《水蛇織核・第二解放》」
銀の布が広がり、水龍が天へと舞う。布の水流は実体を得て、凪の背後から巨大な蒼蛇を形作る。
「蒼蛇封刃」
水蛇の牙が、飛来する血の触手を一瞬で断ち切った。だが、葬濡は笑みを崩さぬまま、再び血を噴き出す。
「いいぞ、律と違ってなかなか切れ味がある!」
「律を口にするなッ!」
怒声とともに凪が前へと飛び出した。鞭状の水布がうねり、宙に複雑な軌道を描く。空気を裂いて飛ぶその一閃を、葬濡は巨大な手で受け止めた。
「無駄だ。俺の血は“流動体”。切られても痛くもかゆくもない。むしろ……」
触れた水が一瞬で赤く染まった。
「“共振”する……!」
凪の腕に激痛が走る。自身の血が、内側から煮えたぎるように暴れ出す。
「クッ……!」
「血脈共振、俺の術域だ。お前の身体はもう、俺の楽器みたいなもんさ!」
崩れかけた凪を包むように、水布が盾となる。それを見て、葬濡は舌なめずりした。
「律もそうだった。最期は、身体の内側から破裂して死んだ。いい音だったよ。聞くか?」
水柱が天を貫いた。
「聞く気はない。……律の悲鳴は、私の中で止まってる。あの日のまま、あの時間で」
凪の眼差しが、深く蒼く変わる。
「私はもう“あの日”にいない。ここが決着の地。今の私の水布は、“読み”を持ってる」
血を察知し、意志を持って動く龍が、葬濡の背後を襲う。
「——ッ!?」
後ろからの斬撃を察知したときには遅かった。葬濡の背に巨大な傷が走る。だが、それでも肉はすぐに再生し始める。
「なかなかやるじゃねえか……だが、俺を“止め”られるか?」
「止める。それが私の“喪った意味”だ」
再び、水が唸る。
「行け、“蒼蛇”——“律”と共に」
蒼蛇が怒声とともに跳躍し、葬濡を喰らわんと牙を広げる。戦いは、最終局面へと突入する——。




