第38話『第二解放・目覚めの刻』
雷鳴が遠くで唸った。山奥の訓練場に、熱気と水音、毒の気配、そして影が交錯する。
「翔麻、意識を“布の奥”へ沈めろ」と雷蔵が告げる。
火渡翔麻は両膝をつき、拳を握って炎の布と向き合っていた。焦りも、怒りも、迷いもすべて焼き捨てた先にある“対話”。
かつて守れなかった仲間の声が、炎の底で問いかける。
——お前の炎は、誰のためにある?
「……守れなかった。だけど、もう焼かせない。俺の炎は、進むために燃えるんだ!」
その瞬間、布が眩く燃え上がり、翔麻の背から炎が羽ばたいた。
《爆焔織核・第二解放》——発動。
炎の双翼が広がり、翔麻の身体を覆うように浮かび上がる。布刀は姿を変え、翔麻自身が“飛ぶ炎”と化す。
「烈火翔刃——!」
空を裂くように翔麻が跳ぶ。舞い、旋回し、双翼の火が刃となって閃き、雷蔵の放った試練の雷撃を切り裂いた。
その熱に、紅子の布も共鳴した。
「花は……毒を持つのが自然。でも、それだけじゃないわ」
織部紅子は、掌の布を静かに開いた。彼女の記憶に浮かぶのは、かつての病弱だった祖母の最期。
祖母が遺した一言——「毒にも、癒す力はあるのよ」。
紅子の布が花のように咲いた。
《毒花織核・第二解放》。
無数の花弁状の布が舞い、訓練場を覆う。匂いすら持たぬ毒の舞いが、美しく、恐ろしく咲き乱れる。
「瘴花結界——優しく、狂ってもらうわね」
その毒は相手の感覚を惑わせ、思考を鈍らせる幻の花。だが紅子は笑う、「これは“生かす毒”よ」と。
続いて、水のうねりが轟音とともに形を成す。
「流れは止まらない。なら、私も……進む」
水城凪の背後、鞭状だった水布が巨大な龍へと変じた。
《水蛇織核・第二解放》。
「蒼蛇封刃!」
龍が瞬時に動き、雷蔵の動きを“読み取って”斬撃を見舞う。意思を宿した水布が、攻防を一体化する。
雷蔵は無言で頷いた。ひとりひとりの進化に目を細めながらも、動かぬ柱のように立つ。
最後に影が揺れた。
「……もう逃げない。俺も、影も、共に戦う」
黒羽迅の影が割れる。そこから、第二の“彼”が歩き出した。
《影布織核・第二解放》。
影分身が現実に存在し、本体と分身が異なる軌道で動く。
「双影殲斬」
雷蔵の雷布を受け流しながら、影が逆側から一閃。二方向からの双撃に、雷蔵ですら微かに表情を動かした。
全員が、己と布を通して深く繋がった証。
そして、最後に残されたのは——柚葉だった。
「私は……もう“解放”してる。でも、どこかで怖がってた。信じきれてなかった。布も、自分も、みんなも……」
雷蔵は彼女に歩み寄り、言った。
「では、俺の一撃を受けろ。それに応えられれば、真に信じたということだ」
雷蔵の拳が雷を帯びて走る。柚葉は迷いなく炎布を広げる。
「燃えろ、全部! 《焔翼織核・第二解放》——!」
火布の翼がさらに拡張し、彼女の背から火竜のような咆哮を上げた。
雷蔵の拳が布に当たる直前——炎の翼が暴風となって雷を跳ね返した。
雷蔵は一歩後ろへ下がり、静かに言った。
「……合格だ。全員、第二解放、完了だ」
この時、久留米絣防衛組織《織守》は、ようやく“夜河連・七柱”との決戦に挑む準備を整えたのだった。




