第37話『炎哭、迫る影』
福岡西部、山間の廃村で観測された異常熱源。
爆発するように吹き上がる火柱と、それを取り囲むように呻くカッパたち。その中心に、鬼火の面を被った異形のカッパ——第七柱《哭火》が立っていた。
「人よ。喰われるだけでは飽き足らぬ……喰われることすら、悦べ」
本部に緊急警報が走る中、雷蔵は隊員たちを一瞥して言い放つ。
「《第二解放》に至らぬ者は、出撃を認めん。——殺されるだけだ」
沈黙が落ちる修行場。だがそれは、各々が「自身の織核」と向き合う覚悟を決めた静けさだった。
―――
火渡翔麻は、炎の布を見つめていた。
脳裏に蘇る、過去の任務。今まで救えなかった人たち。
「……あのときの俺の炎は、誰も救えてなかった」
布が、わずかに揺れる。
翔麻は拳を握り、顔を上げた。
「でも今の俺は……もうあの炎じゃねえ。誰かを守るための、熱だ」
その言葉に呼応するように、布が一瞬、紅蓮の光を帯びる。
―――
紅子は暴風吹き荒れる中、祖母の事を思い出していた。
祖母はよく言っていた「毒は、死の力ではないんよ。命の境を見極める力なんよ」
「分かったよお婆ちゃん……私、皆を生かすために毒を使うね」
布が揺れ、花弁のような模様が浮かび上がる。
紅子の毒布が、柔らかな色を灯す。
―――
水城凪は、夜の川辺で水布を広げていた。
弟・春翔の死に捕らわれていた彼は、ようやくその喪失に真正面から向き合っていた。
「水は、いつか流れを変える。だが……流れ続ける限り、そこに命はある」
手元の布が、蛇のようにしなやかに動いた。
水の形が、“刃”から“生き物”へと変化していく。
「もう私……喪うためじゃなく、繋ぐためにこの布を使う」
―――
迅は影布の中に身を沈め、暗闇の底で、かつての仲間の幻影と対峙していた。
『迅……置いていかないで……』
呪符の錯乱で自滅した訓練生たちの顔が、影の中から浮かび上がる。だが、彼はもう目を背けなかった。
「……お前たちの死を、無駄にしない。俺の影はもう、逃げない」
その瞬間、影が震え、彼の背後にもう一つの“影の迅”が立ち上がる。
―――
そして——柚葉。
第二解放に一度、肉薄していた彼女だったが、あのときの「怒り」だけでは足りないと気づいていた。
「……焔は怒りじゃない。あたしにとっての焔は……」
仲間たちの笑顔、火渡の励まし、迅の背中、紅子の優しさ、水城の静かな声——
「みんなを、絶対に“燃やさない”ための焔だ!」
その思いに呼応して、布がゆっくりと羽ばたくように広がった。
―――
全員が、自らの“核”と向き合い始める。
そしてその遥か山奥で、哭火が再び呻く。
「こいよ、ヒトども……その感情ごと、喰らってやる……」
戦端が、静かに開こうとしていた——。




