第36話『雷鳴、導く者』
空が鳴った。
雷蔵の足音は、それだけで重圧だった。
福岡本部——作戦会議室。張りつめた空気の中、彼は静かに言った。
「今のままでは……勝てぬ」
沈黙が落ちる。水城凪、火渡翔麻、織部紅子、黒羽迅、そして久絣柚葉。主力と呼ばれる織士たちが一堂に会していた。
「夜河連は動いている。第七柱・哭火が、九州北部へ接近中との報がある」
「迎え撃つんだろ?それが、俺たちの仕事だろ?」
火渡が言う。しかし雷蔵は首を振った。
「今の貴様らでは、柱に届かぬ。——“第二解放”に至らねばな」
その言葉に、場が揺れた。
柚葉がそっと手を上げる。「第一解放は……皆、できてます。でも、第二って……」
「布は、織士の心の写し鏡だ。“絆”を越え、“対話”を果たしたとき、布は真の姿を見せる。第二解放とは、布と完全に一体化すること。己の核と、布の核が重なる境地だ」
雷蔵は立ち上がり、会議室のスクリーンを操作した。映し出されたのは、雷蔵が所有する私有演習地——“雷頂演習場”。
山奥に隠されたその場所には、気圧を乱し、落雷すら呼ぶ異常環境が用意されていた。
「ここで鍛える。布に喰われるか、己を越えるか——試してみろ」
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三日後。
雷頂演習場は、雷鳴と突風の嵐に包まれていた。
「……冗談でしょ……」
織部紅子が風に煽られながら布を抱えた。毒布はうねり、時に紅子に牙を向く。「皆を守りたいだけなのに……どうして、言う事を聞いてくれないの……」
その問いに、毒布は嗤うように答える。「お前が、本当は毒を望んでるからだ」
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一方、水城凪は冷水に沈み、布と静かに対話を続けていた。
弟を守れなかった後悔。指揮官としての責任。冷静の仮面の裏に、声なき怒りが渦巻いていた。
「……命令だけで、お前を動かしてきた。けれど、それじゃ……“力”にはなれない」
水布が泡を吹き、蛇のように巻きついた。「では聞こう。お前は誰のために戦う?」
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火渡翔麻はすでに第二解放の領域を踏みかけていたが、問題は制御だった。
焔が暴走すれば、味方すら焼き尽くす。雷蔵は彼の前に立ち、問う。
「お前の炎は、誰を守るための炎だ?」
「……俺は、全部守りたいんだよ。仲間も、人も、自分も!」
雷蔵は雷光を纏い、言った。「ならば証明してみろ、その“全部”が……本物かどうかをな」
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黒羽迅は己の影と対峙していた。
蛇目の呪いによって歪められた影布は、彼自身の罪の化身。仲間を見捨てたあの日。影は囁く。
「迅……お前の命令で、仲間は殺し合ったんだ」
「違う……あれは……俺が……!」
雷蔵は背後から声をかけた。「逃げるな。お前の布は、許しを乞うている。——お前自身に、な」
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柚葉は、火布に対して沈黙していた。
「怖いの?私がまた暴れ出すのが?」
布の声が心に響く。
柚葉は小さくうなずく。「うん。でも、怖いけど……逃げない。あたし、今は独りじゃないから」
火布が微かに温度を変えた。炎が、痛みを焼くものから、優しさを灯すものへ変わるように——
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夜が明ける。
それぞれが布との“対話”の只中で苦しむ中、突如、本部より緊急通信が入る。
《夜河連・第七柱“哭火”、西部山間部に出現!》
動揺が走る。紅子が声を上げた。「行かないと!」
だが雷蔵は静かに言った。
「待て。——出撃を許可する条件はただ一つ」
彼は目を閉じ、告げる。
「“布と共に立て”。第二解放を果たした者から順に、前線に立て」
試練の火蓋が、いま落とされた。




