第35話『燃ゆる意志、布と対話せよ』
真紅の夕陽が、火渡翔麻の背を照らしていた。
燃え上がる溶岩の熱風が肌を焼く。ここは“緋輪火山”——織士にとって、布との対話を試みる最深の修行地。
雷蔵の言葉が、翔麻の耳に残る。
「己の布と向き合え。布は、意志に応える鏡だ」
翔麻は静かに布を纏い、火口の奥へと足を踏み入れた。
途端に、灼熱の風が全身を包む。布が暴れ、熱が意識を焼く。
——その瞬間、視界が白く弾けた。
気がつけば、彼は真紅の世界にいた。空も地も、燃えさかる炎だけ。
その中央に、ひとつの影が立っていた。
「お前は、ただ燃やしてきただけだ。怒りで、力で、全てを焼いただけだ」
それは、“かつての自分”だった。憤りと衝動だけで戦っていた、未熟な火渡翔麻。
「黙れ……俺は……俺は仲間を守るために……!」
叫びと共に突き出す拳。しかし幻影は笑いながら消える。
——その背後から、少女のような声が聞こえた。
「あなたの炎は、怒り。けれど、怒りの火はいつか尽きる」
火の中から現れたのは、火布の化身——小さな炎の少女。
「では、俺に足りないものは何だ? 力が……足りないのか?」
「違う。あなたに足りないのは、“灯したい想い”」
少女の声が優しく、熱く心に沁みる。
「怒りの火は破壊する。けど、希望の火は照らすの」
翔麻は目を閉じた。
脳裏に蘇る。泣いていた子どもを庇った仲間、笑い合った訓練の日々、そして、氷雨との死闘の中、己を信じて見守ってくれた人々。
「俺は……怒ってた。無力だった自分に。奪われた命に。でも、もう……怒るだけじゃ足りねえ」
拳を握る。
「守りたい。笑ってる仲間も、帰りを待つ人も、未来も……全部、守りてえんだよ!」
その言葉と共に、火布が烈火のように光を放つ。
炎の海が爆ぜ、翔麻の背に紅蓮の肩布が現れた。手には、赤熱した刀が握られている。
《火焔織核・第二解放——陽炎紅武》
新たな力が、翔麻の中に宿る。だが、それはかつての“暴力”ではない。
ただ静かに、そして力強く燃える“意志の炎”だった。
現実へと戻った翔麻は、静かに立ち上がる。
「ありがとう、火布。ようやく、お前と話せた気がする」
肩に燃ゆる布が、わずかに揺れた。
翔麻の眼差しは、次に訪れる闘いを見据えていた。
——その背で、紅蓮の布が風に舞っていた。




