第33話『呪縛と決別』
迅の影が疾走する。
その刃――《影布斬陣》が、蛇目の纏う数十枚の呪符を切り裂いた。
「……成長したな、黒羽迅」
蛇目は笑う。影の中に潜むように姿を変え、歪な法衣を滑らせて、空間の隙間へと消えたかに見えた――だが、影の底から逆さに現れたその顔が、じっと迅を見つめていた。
「だがまだだ。お前の“影”は、完全には自由ではない。なぜなら、心の底でまだ“後悔”を選んでいるからだ」
「……言ってろ」
迅は影を叩きつけるように放ち、地を這うような斬撃を蛇目へと走らせた。
《影布裂牙》――影を牙のように形成し、広範囲を引き裂く技。
だがその直前、蛇目の身体が分裂する。呪符によって作られた“人形”だった。
「偽影か……!」
すかさず背後に、呪符をまとった蛇目本体が出現。
口元に浮かぶのは、あの忌まわしき笑み。
「教えてやろう。お前の仲間、アカリと隼人……あれはただの錯乱じゃない。私の“呪符”は、潜在的な“猜疑心”を増幅させて喰らう。つまり……互いを疑っていたのさ」
「黙れ!」
黒羽迅の影が爆ぜるように蠢き、一瞬で蛇目を包囲する。
《暗縫牢獄》――影を格子状に縫い付けて動きを封じる技。
蛇目の動きが止まり、術が中断される。
「お前が何を語ろうと、奴らが互いを想い合っていたことは、俺が知ってる」
「ほう……ならば、なぜ助けなかった?」
蛇目の呪いが、言葉に乗せて突き刺さる。
迅の背中に、仲間たちの断末魔がよみがえる。
だが――
「だから俺は、俺の“影”と向き合った。後悔も、逃げも、全部受け止めた。その上で、お前を斬る」
バッ。
影が疾風のように奔り、蛇目の左腕を斬り落とした。
「ぐ……ぅ……貴様……!」
「その呪いは俺にはもう効かない」
迅は冷たい声で言い放つ。
「“選べなかった”俺は、ここにいる。だが、“選び続ける”俺もまた、ここにいる。もう迷わない。もう逃げない」
蛇目が最後の呪符を投げつけるが――
影布がそれを飲み込むように喰らい、黒羽迅の影は完全に制御された領域へと昇華される。
そして――
「影布・終断」
迅の最後の一撃が放たれる。
漆黒の影が蛇目の身体を貫き、呪符ごと身体を裂いた。
蛇目の瞳がかすかに揺れた。
「……やはり……お前は、あの時とは……違うな」
そして、夜の竹林に崩れ落ちた。
――戦いは終わった。
しかし、迅の表情に安堵はなかった。
「アカリ、隼人。お前たちが見てるなら……これが、俺の答えだ」
影が静かに身体へと収まり、闇の中に戻っていく。
その背中に、新たな覚悟の影が重なっていた。




