第31話『毒咲の決意』
「紅子ォォーーッ!」
蔦が絡みつく中、柚葉の叫びが森に響いた。
燃え立つような火布をまとい、彼女は紅子のもとへ飛び込んできた。
「柚葉……なんでここに」
「なんでって、心配だからに決まってるじゃない!バカ!」
柚葉の火布が蔦を焼き払い、紅子の身体が自由になる。しかし、問題は外ではなく——内にあった。
槐の蔦は、紅子の“心”にも根を下ろしていた。過去の記憶、家族の冷たい視線、笑顔の裏で溜め込んできた毒。それが今、紅子の中で花開こうとしていた。
「見えるかい、紅子。君の本当の花が……咲き始めてるよ」
槐の声が木霊のように響く。
紅子の絣布が紫色に染まり、毒素が制御を失い暴走する。枝のように伸びる布が周囲の草木を枯らし、柚葉すら近づけない。
「くっ……! あたしのせいで……また、誰かが……!」
紅子の瞳に、幼い日の自分が浮かぶ。枯れた花壇、離れていく母、突き放す父、そして……孤独のなかで微笑もうとした少女。
「……あたしは……毒だから……」
「ちがう!!」
燃え盛る火の中から、柚葉が叫ぶ。その声が、紅子の奥底へ届いた。
「毒があるからダメなんじゃない! 毒があったって、あんたは……優しい花を咲かせてきた!」
柚葉が一歩、また一歩と紅子に近づく。火布が毒の布とぶつかり、焦げる音が響く。
「わたしね……あんたの布、あったかいって思った。笑ってごまかしてたって、本当はずっと……誰かのこと考えてたじゃん!」
涙があふれる。柚葉の声に、紅子の中の“毒”が揺らぐ。
「お願い、戻ってきて……! あんたの花は、優しい匂いがするの!!」
紅子の足が震えた。絣布が、淡い桃色に揺れ始める。
「……柚葉……」
その瞬間、紅子の手が形を成す。
「——《毒縫掌・桜閃》!」
桜の花びらのように舞う毒布が、暴走の源を縫い止めるように刺し込まれる。
一瞬、時が止まった。
紫の毒布が霧散し、静寂が戻る。紅子は崩れるように膝をついた。
「はぁ……はぁ……」
「紅子っ!」
柚葉が駆け寄り、彼女を抱きしめる。涙で濡れたその瞳に、紅子は静かに微笑んだ。
「……あたし、ちゃんと咲けてた?」
「うん。とびっきり綺麗に、咲いてたよ」
——森の奥、立ち去る槐は空を見上げていた。
「やはり人の心は……気まぐれだ。けれど、それがまた……美しい」
彼は背中の黒い花を揺らしながら、森の闇に消えていった。
紅子は立ち上がり、柚葉と共に歩き出す。
「……ありがと、柚葉」
「何言ってんの、バカ。友達でしょ」
紅子はその言葉に、涙を堪えて微笑んだ。
「……あたしは……あたしの絣を信じる」
森を抜けた先に、朝日が差し始めていた。




