表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絣戦記   作者: やしゅまる
3/48

第3話『布と血』


 火は、心に宿る感情を映す。

 その言葉の意味を、柚葉はまだ理解できていなかった。


 火渡翔麻の厳しい訓練が続く。体術、呼吸、布の流し方。すべてが難しく、息をつく間もない。

 だが最も厄介なのは――柚葉の「火布」が、怒りや焦りに反応して暴走することだった。


「まただっ!」


 訓練場で、柚葉の布が荒れ狂い、床板を焦がす。火の鞭のように暴れて止まらない。

 翔麻が飛び込み、自らの火布で柚葉の布を抑えた。


「落ち着け! 怒るな、焦るな、燃えるなッ!」


「そんなの、無理よ……!」


 柚葉はその場に崩れ落ちた。手のひらに焼け跡ができている。それでも涙は見せなかった。

 弟を喰われた悔しさも、自分の未熟さも――全部、燃やしてしまいたいと思った。


「へぇ、これが新入りちゃん? 随分と派手に暴れるのね」


 軽やかな声が背後から聞こえた。振り返ると、絣の着物風の訓練服をまとった少女が立っていた。

 髪は肩で揺れ、目元はおっとりとしているが、その奥に毒のような気配があった。


「織部紅子、D級織士。同じ訓練生よ。よろしくね、火の子ちゃん」


「……火の子?」


「だって全身から火花出てるもの。まぁ、私みたいに毒を流すよりは派手でいいけど?」


 そう言うと、紅子の絣布が花びらのように舞い、仄かな風と共に紫の煙が漂った。

 布の毒に含まれるのは麻痺作用。訓練用に抑えてあるとはいえ、動きが鈍る。


「やってみる? 実戦形式で、お互いの布を確かめ合いましょう」


「……いいわ。遠慮なんてしない」


 試合が始まると同時に、柚葉の火布が焔を上げた。

 紅子は風に乗せて花布を飛ばし、柚葉の動きを封じようとする。


(この子……風の流れと毒の範囲、両方読んで動いてる……!)


 だが柚葉の火布は荒ぶり、敵味方の区別もつかない。床板を焼き、紅子の足元にも火が迫る。


「ちょっ……ちょっと待って!? この火、止まらないの!?」


「私だって止めたいのよッ!」


 二人とも距離を取って布を引いた瞬間、翔麻の声が響いた。


「柚葉、聞け! 布は心の写し身だ! お前の怒りが、布に流れてる!」


「でも……!」


「春翔はお前が暴れることを望んでるのか!?」


 柚葉の視界に、春翔が楽しそうに遊んでる姿が浮かぶ。




 柚葉は、深く息を吸い込んだ。


「……お願い、少しだけでいい。私の手で、あなたを燃やさせて」


 火布が、ふわりと静かに揺れた。

 炎が形を成し、細い紐のように腕に巻き付く。制御の兆し。暴走は止まっていた。


「へぇ……やるじゃない、火の子ちゃん」


 試合は引き分け。けれど、柚葉にとっては十分だった。

 初めて、火布が自分の中に“寄り添った”のを感じたから。


「少しだけ、布と話せた気がする……」


「上出来だ」翔麻が言った。「布と心は一心同体。お前が穏やかになれば、布も穏やかになる」


 火の力に飲まれるのではなく、共に歩むこと。

 それが“織士”への第一歩だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ