第二十五話『昇格査定』
久留米市・織守本部。
静かな執務室に、緊張が走っていた。
「……間違いないな。火渡翔麻が、第四柱“氷雨”を討伐したと?」
織守の幹部たちが顔を見合わせる。
記録映像には、燃え上がる水上ステージ。全身を血に染めながらも戦い抜いた翔麻の姿が、克明に残っていた。
「B級が、単独でS級カッパを……前例がないぞ」
「だけど、やったのよ」
水城凪が静かに言った。
「奴の戦い方にはまだ粗さもある。だが、“誰かを守るために戦う”という信念が、一線を超えさせた」
「ふん……感情で動く者など、長くは保たん」
別の幹部が冷たく吐き捨てたそのとき、重い扉が音を立てて開いた。
「…………長く保つかどうかは、倒れた後にしか分からん」
黒い布をまとい、静かに現れたのは――雷蔵。
「雷蔵……!」
誰もが声を呑む中、雷蔵はただ一言だけ残して会議室を後にした。
「俺は、“火渡翔麻”をA級として認める。それだけだ」
*
数時間後、翔麻は治療室のベッドに座っていた。
傷は深かったが、命に別状はない。
そこに訪れたのは、織部紅子だった。
「おめでとう、翔麻くん」
「……何が?」
「A級、だって。まだ“試験昇格”扱いらしいけど。凪さん、喜んでたよ」
翔麻はしばし黙っていたが、やがて小さく笑った。
「……志朗、やっとちょっとだけ胸張れるよ」
「ふふ。じゃあ、あとは“もっと胸張れる翔麻くん”を、私が見守っててあげるね」
そう言って紅子はふわりと微笑み、部屋を出ていった。
*
夜。翔麻は墓地にいた。
小さな墓標の前に、燃え尽きた布の欠片を置く。
「……志朗。お前の“命”は、もう一度俺を立たせてくれた」
「ありがとな。お前の分まで、俺……戦うよ。守るよ」
月が雲間から顔を出し、翔麻の影を長く落とした。
A級織士――その称号は、まだ彼にとっては“通過点”だ。
本当に守りたいものを、この手に抱くために。
翔麻はまた、前を向いて歩き出す。
――続く。