第二十三話『氷雨、再び』
佐賀県・嘉瀬川ダム跡。
夜霧に包まれた巨大な水上ステージ跡地に、ひとりの青年が足を踏み入れる。
「……ここだな。氷の怪異ってやつが出たっていうのは」
火渡翔麻。《織守》の上織士。肩に巻いた赤い布が、微かに熱を帯びて揺れる。
かつて賑わったダンスイベントの特設会場――だが今は朽ち果て、水面には冷たい霧が立ち込めていた。
そしてその中心で、待ち構えていたのは――
「来たか。あの時と、何も変わらんな。“火渡 翔麻”」
霧が裂け、浮かび上がったのは青鱗を纏った細身の異形。
夜河連・第四柱、氷雨。その眼差しは氷のように冷たく、底知れない殺意を湛えていた。
翔麻の頬がピクリと動く。
「……テメェ、やっぱり生きてやがったか。氷雨」
「無論だ。死ぬ理由も、終わる意味もない。むしろ楽しみだよ。あのときの“残り火”がどれほど成長したか」
氷雨は、わざとらしく顎に指を添え、思い出すように呟く。
「……確か、お前の仲間の名は“志朗”だったな。自分が盾になって、貴様だけを逃がした。あの死に様は美しかった」
「……ッ!」
翔麻の視界が赤く染まる。だがそれは怒りの炎――ただの感情ではない。
布が、熱に共鳴し始める。
(回想)
「翔麻、早く逃げろ!!」
凍える水中で、仲間を庇い前に出た志朗の姿。
青白い鱗に貫かれ、血が広がる。氷雨が無感情に一言、「弱い」と吐き捨てる。
倒れかけた志朗が、振り返る。
「生きて……強くなれ……翔麻……!」
──その言葉が、翔麻を今も燃やし続けている。
(現在)
翔麻が布を抜き放つ。両手に、炎を纏った“布刀”が浮かび上がる。
「……あの日の借り、いま返す。二度と仲間は失わねぇ。俺のこの焔は、お前を燃やすためにあるんだよ、氷雨ッ!」
氷雨の口元がわずかに笑う。
「ふふ……それでこそ、生かした甲斐があるというものだ。“火渡 翔麻”。お前の炎が、私の氷を超えられるか――見せてみろ」
そして、蒼と紅がぶつかり合う。
灼熱と冷気が渦巻き、ステージを揺らす。
翔麻が斬る!「焔斬烈!!」
炎の斬撃が、一直線に氷雨へ襲いかかる。だが――
「“水刃硬化”」
氷雨の全身が青鱗に覆われ、翔麻の斬撃を完全に無効化する。逆に、その水刃が翔麻の肩を浅く切り裂いた。
「まだだ……!」
翔麻は傷を無視し、もう一度布刀を構え直す。
「その火は、まだ小さい。志朗の言葉にすがるだけの“灯”では、私を溶かせはしない」
冷たい声が、また彼の記憶をえぐる。
翔麻の喉元から、怒りが、熱が、迸る。
「うるせぇえええええッ!!」
――戦いは激化していく。