第二十二話「水蛇、血を裂く」
福岡郊外の山間部。集落の一角に、血の臭いが充満していた。
倒れた人々の顔は膨れ上がり、鼻や耳、目の奥から赤黒い液体が滴っている。皮膚の下を脈打つ血管が、音もなく弾けていた。
「また……始まった」
銀髪の女性、水城凪が静かに現場を見下ろした。その眼差しには、一切の動揺がなかった。
柚葉と迅と紅子が数歩後ろに立つ。
「血が、脈打ってる……いや、共鳴してるのか」迅が唸った。
「これは……血脈共振」凪が口を開く。「間違いない。葬濡が近くにいる」
* * *
ざぶり。
集落裏手の水路から、粘つく音とともに異形の姿が這い出てくる。まるで肥満したカエルのような輪郭、滴る赤、そして――顔だけが異様に整っている。
第参柱・葬濡。
「久しいねぇ、凪ちゃん。弟くんの命日だったっけ?」
凪の瞳が細くなる。だが怒りは表情には出さない。
「律は、今も私の中にいる。お前は──“ここ”で終わらせる」
地面に落とした水布が、鞭のように巻き上がる。水城凪の戦闘開始。
* * *
葬濡が笑うと、辺りの赤黒い血液が波を打ち、彼の体内に吸い込まれていく。その肉体が肥大し、脈動する。
「この辺りの人間たちの“血”は、ぜんぶ俺の体の中。律くんのも、まだ残ってるかもね?」
瞬間、凪の水鞭が空気を裂く。「流縛の鎖!」
多重に絡んだ水の帯が、液状化する葬濡の肉を拘束。だがすり抜けるように離脱される。
「封じる……なら、“場”から」
凪の指が印を切ると、周囲の空気が一変。地面から浮かび上がった水滴が逆回転し、渦を成す。
「水鏡封陣」
水の結界が展開され、周囲の血液を“制御領域”から切り離す。葬濡の動きが一瞬鈍った。
「ちっ……やるねえ、お姉ちゃん」
凪は踏み込む。水布を剣に変化させ、葬濡の胸へ突き立てる。
ずぶり。
水布の刃が、葬濡の中核に届いた。だが次の瞬間――にやり、と葬濡が笑った。
「おや、そんな顔で殺せるの? それとも、聞きたい? “律”が最後に言った言葉」
刃を貫かれながらも、彼はわざとらしく喉を震わせる。「ねぇ……ねえちゃ……ごめん、ってさ」
凪の目が一瞬だけ揺らぐ。
その隙に、葬濡の肉体がばしゃりと崩れ、液体化して地中へと潜った。
* * *
戦いが終わった後、凪は静かに立っていた。柚葉がそっと隣に立つ。
「あなたも……“奪われた”んですね」
凪は答えない。ただ、空を見上げる。
「……だから、次は私が奪う。あいつの血も、心も、記憶も。すべてを裂いて、終わらせる」
風が吹き、凪の水布が地面に波紋を描いた。




