第二十一話「血脈の記憶」
水城凪は、ただ静かに墓前に立っていた。山間の斜面にひっそりと置かれた一基の墓標。名は、水城律。かつて彼女のすべてだった、弟の名。
(律……)
凪の指先が、墓石をなぞる。その肌は冷たく、そしてなぜか――わずかに濡れていた。
「……雨も、降ってないのに」
足元に、赤い花がひとつ咲いていた。水辺に咲くはずのない“血のような色”の花。凪は目を細め、口を結ぶ。
(あの男の気配。まだ、終わっていない)
弟を殺したS級カッパ、葬濡。水のような流動体の異形。その姿を、今でも夢で見る。律の身体が赤く染まる光景と共に――。
* * *
一方その頃、夜河連の拠点《血泉殿》では、巨大な血の池が泡立っていた。
その中央で、異様に肥大したカッパの肉体が蠢いている。血の中から這い上がるように、ぬるりと姿を現したのは──第参柱・葬濡。
「……足りない。もっと、血を」
その口元がひきつり、歪な笑みを作る。池の縁にいた“実験体”たちが次々と彼に吸い込まれていく。骨ごと、血管に取り込まれ、肉と化していく。
「血脈共振……敵の血を流せば、そのまま自分の中で“鳴る”」
その言葉に応じて現れたのは、槐。巨大な“葉傘”を肩に担ぎながら、ぬるりと笑う。
「水の姫が、動き出した。あの姉、まだお前を恨んでるよ」
「恨み? フフ……だったら、もっと響くだろうな。あの子の“血”は、律とよく似てる」
* * *
夕刻、《織守》本部・作戦室。
黒羽迅、久絣柚葉、織部紅子が一室に集められていた。そこに入ってきたのは、銀髪の女性――水城凪。
「A級・筆頭織士、水城凪です。今回より、“特異事象対処班”に加わります」
その落ち着いた声に、柚葉が思わず背筋を伸ばす。紅子は微笑みながら「きれいな人」と呟いた。
迅が資料を投げ出す。
「福岡・佐賀を中心に、血液異常の報告が広がっている。全て、同一の“音”に共鳴している可能性が高い」
凪が即座に応じる。「血脈共振。葬濡の能力です」
室内に緊張が走った。凪の瞳が冷たく鋭く光る。
「私は、弟を……律を、あのカッパに殺されました。……次は、私が殺します」
* * *
その夜、夜河連・隠れ拠点の奥。
蛇目が、誰かに語りかける。
「火が踊った。水が動いた。ならば、こちらも“揺さぶり”をかける時だ」
月明かりの下、ふわりと現れたのは少年の姿。その美貌に似合わぬ嗜虐の笑みを浮かべた――第五柱、雨露ウロ。
「ねぇ、柚葉ちゃん。弟くん、今もどこかで生きてると思う?」
その声が、静かに夜を濁らせていく。




