第十九話「生きていた柱」
筑後川下流、崩れた堤の跡地に、焦げ臭い風が吹いていた。水面には黒煙が漂い、川のせせらぎさえどこか苦しげだった。
そこに、雷で焼け焦げた巨躯が横たわっている。
──鬼雫。
夜河連《七柱》の第弐柱。雷蔵によって叩き伏せられた“災厄”だ。
筋肉は爆ぜ、鎧は焼き尽くされ、その身はもはや炭に近い。だが。
「……まだ、死んではいないか」
ぬるり、と地の底から這い出る影。
巨木の枝のような腕。傘のように広がる葉を頭上に掲げた異形のカッパ──第六柱、**槐**だった。
槐は焼け焦げた巨体へと手を伸ばし、無数の植物の蔓を生やす。焦げた肉の隙間に、それは根のように潜り込み、何かを確かめるように蠢いた。
「脈がある。魂の芯もまだ潰れていない。よかった……」
彼は笑う。それは慈悲にも似て、しかし酷く冷たい。
「お前には、まだ役割がある。怒りをもっと、深く強く──育ててやるとも」
その蔓は、ずるりと鬼雫の残骸を地下へ引きずり込み、やがて地表には何も残らなかった。
* * *
同じ夜。夜河連の拠点──柳川市の廃寺。
本堂の奥、仏像が崩れた祭壇の前に、四つの気配が集う。
濡れた石畳の上を、血のような足音が響く。
「……やられたんだって? 鬼雫」
口を開いたのは、美少年の姿をしたカッパ。第五柱、雨露ウロ。その笑顔は無邪気で、目だけが異様に冷たい。
「ほんとうに燃えちゃったの? あのゴリラ……ぷっ」
「黙れ、ウロ」
凍るような声が、虚空に響いた。
祈るように手を組んで座っていたのは、僧衣をまとった蛇目──第壱柱。口元に笑みを浮かべたまま、彼は静かに言った。
「これは“導火線”だ。火が、ついにここまで届いた。ならば──次は、燃え広がる番」
「ふん……鬼雫が弱かっただけだ」
奥からぬるりと現れたのは、血の塊のような異形。第参柱・葬濡。その肉体は脈打つ液体のように揺れ、どこが顔かも判然としない。
「だが……面白くなってきたのは、事実。殺す価値が出てきたってわけだ」
「雷蔵が動いた。あの男が……」
蛇目は目を閉じる。
「戦いの夜が、ようやく始まったのだよ」
その言葉に、誰も反論はしなかった。
* * *
その頃、地下の深部。
槐の蔓に絡め取られた鬼雫は、無数の花弁のような装置の中で眠っていた。再生の蔓はその身を包み、まるで胎児を育てるように脈動している。
「さあ……目覚めよ。かつての“柱”ではなく、新たなる“災厄”として」
槐はそっと呟いた。
黒焦げの巨体に、再び力が宿る時、夜河連は本当の姿を見せるだろう。
戦火は、まだ始まったばかりだった。




