第十八話「巨骸、怒りを裂く」
雷蔵が参号を仕留めた直後。濁った川の奥底から、聞き覚えのある低音が響いた。
「……来たか」
言葉と同時に、水面が爆ぜた。川底から突き上げるように、巨体が躍り出る。鎧に包まれた筋肉の塊。その身長は六メートルを超え、顔は鉄面に覆われている。
だが、その姿を雷蔵は知っていた。
「鬼雫……!」
鎧の巨体──第弐柱、鬼雫。雷蔵の師・轟を殺した、因縁の相手。
「懐かしいな、雷迅の絣使い。お前の師──あの哀れな男の断末魔は、今でも耳に残っている」
その言葉に、雷蔵の背後に立っていた柚葉と他の隊員達が息を呑んだ。
「師……?」
「雷蔵の師匠、轟……夜河連の襲撃で殉職したって聞いたけど……!」
雷蔵は言葉を返さない。ただ、手の布を無音で巻いた。
「今日は“殺し”を轟の時のように楽しめそうだ〜」
鬼雫が踏み出すたび、地が揺れる。筋肉が爆発的に膨張し、鎧の継ぎ目から赤い瘤が浮かび上がる。
「貴様など、拳ひとつで砕ける」
雷蔵は静かに構えた。布が、両の腕に収束し、手甲と足甲を形作る。
その瞬間、雷が鳴った。
「“雷鳴布断”──」
その言葉とともに、雷蔵の姿が掻き消える。
次の瞬間、鬼雫の巨躯が数メートル後方に吹き飛ばされていた。鎧が裂け、青白い雷痕が筋を走る。
「……早い……!」
柚葉が息を呑む。視認すら困難な速さだった。
「それで終わりか?」
だが鬼雫は、にたりと笑った。
裂けた筋肉が音を立てて再生する。
「超速再生……!」柚葉が睨む。「あいつ、あのサイズで再生できるの……!」
「雷迅の一撃を受けてなお……」鬼雫の声が低く唸る。「やはり“喰らってこそ”だな、お前の拳は」
筋肉がさらに膨張する。四肢が異常な速度で肥大化し、速度と質量が両立されていく。
「じゃあ……受け止めてみせろ、“本気”の雷迅を」
雷蔵の足下に雷光が集まり始める。布が震え、全身を走る雷が軌跡となって浮かぶ。
彼の体が一瞬で十数メートルを駆け抜け、雷鳴とともに鬼雫の懐へ──
「“雷迅連襲”!!」
八連撃。目にも止まらぬ拳と蹴りが、すべて雷を帯びて叩き込まれる。
巨体が浮く。空中で、雷光の鎖に貫かれ、全身が爆ぜた。
「ぐおおおあああああっ!!」
鬼雫が咆哮を上げ、川に叩きつけられる。濁流が一帯を飲み込んだ。
水煙の向こう、雷蔵は静かに布を巻き直していた。
「仇は討った。それだけだ」
そう呟いて、背を向ける。
柚葉はその背中を、言葉もなく見つめていた。
(強い……でもそれだけじゃない。あの人は……)
そこにあったのは、怒りでも誇りでもなく、ただ“果たすべきことを果たした”という、重く冷たい覚悟だった。
その姿が、彼女の中の“火”にまたひとつ、薪をくべた。
戦いは終わらない。
だが、確かに道は示された。
──雷迅の背に、続く者が現れるのを信じて。




