第十七話「雷迅、降る」
排水路の奥、泥と血が混じる悪臭の中で、柚葉は布を振るった。
「“爆華双刃”!」
炎が走る。だが、焼き切れない。そこにいるのは──“喰い破る者”、実験体・参号。
異様な姿だった。壱号・弐号と違い、全身が骨のような外殻で覆われ、その隙間からは泥の肉が脈動している。顔の代わりに、大きく裂けた顎だけがあった。
「っ、動きが速すぎる……!」
柚葉の脇をすり抜け、仲間の一人が吹き飛ばされた。叫びも届かない。布での防御も意味をなさない。
「くそっ、“鉄鎖縫い”!」
別の織士が鎖布を伸ばすが、それすら一噛みで千切られた。
「なんなの、この硬さ……!」
柚葉が目を見開いた時には、すでに隊の半数が沈んでいた。布の反応も鈍く、炎すら濁る。
(このままじゃ……全滅する)
参号の顎が開く。そこから、ぬめった触手の束が襲いかかる──。
──その瞬間。
「……遅かったか」
空気が、変わった。雷鳴が、轟く。
バチッ──という音と共に、雷が地を貫いた。
参号の顎が、一瞬にして砕け散った。
「なっ……」
柚葉が振り向いた先。排水路の闇を裂いて立っていたのは、ひとりの男。
布を手甲と足甲に変じ、蒼白い雷を纏った黒衣の男──
S級織士、雷蔵だった。
「全員、下がれ。ここからは俺の領分だ」
声は低く、静か。だが、絶対の自信と力がそこにあった。
参号が、怒りに満ちた咆哮を上げる。それに対し、雷蔵は微動だにしない。
「“雷迅連襲”──」
一言呟いた瞬間、雷蔵の姿が掻き消えた。
次の刹那。
雷の閃光が、空間に八重の斬撃を走らせた。
視認できた者はいない。ただ、音だけが鳴り響いた。
参号の体が、細かく断ち割られ、煙を上げて崩れ落ちる。
「……終わりか」
雷蔵が最後に繰り出したのは、一撃の正拳。
「“雷鳴布断”!」
拳に集約された雷が、地を裂き、参号の心核を粉砕した。
ドウッと音を立て、泥の残骸が崩れ落ちる。
──戦闘、終了。
その場の誰も、言葉を発せなかった。沈黙の中、ただ雷の残響だけが空気を震わせていた。
柚葉が、震える声で言った。
「あなたが……雷蔵、さん……?」
雷蔵は、柚葉を一瞥し、ただ一言。
「火の娘、か。……よく耐えた」
それだけを言い残し、遠くを見つめている
* * *
その報せは、すぐに蛇目へ届いた。
「……あの雷が動いたか」
蛇目は、水面に映る残滓を見つめ、笑った。
「いいだろう。ならば、こちらも“柱”をもう一人……」
水底が揺れる。封印された“第二の影”が、静かに蠢き始めていた。
“戦いの夜”は、さらに深く、次の段階へ──。




