第十五話「火の娘、灼く」
翌日未明。筑後川の支流沿い、監視所・第三分哨が全通信を断絶した。
「異常事態発生。最寄の織士、急行願います」
通達が走る。現場に一番近かったのは、C級に昇格したばかりの少女──久絣柚葉だった。
「行くよ、焔布……今度は、守るために」
彼女の目は、もう“初陣”の怯えを映していない。燃えるような決意がそこにある。
* * *
監視所の敷地内は、ぬめりと悪臭に覆われていた。
「……やっぱり、昨日のと同じ」
現場に到着した柚葉は、地面に倒れた織士の姿を見て眉をひそめた。泥に包まれ、繭状に固定されている。
そこへ──
「ぬるぅ……」
闇の中から、異形が現れた。実験体・弐号。壱号と似た姿ではあるが、はるかに大きく、背から生えた瘤は脈打っていた。
「……やっぱり、あなたが元凶ね」
柚葉は右手を振るい、布を解き放つ。炎のように揺らめくそれが、宙に舞う。
「“爆華双刃”!」
布が二本の炎の刃と化し、弐号へと襲いかかる。一撃、二撃、三撃──火花が飛び散るが、ぬめりが炎を滑らせる。
「効かない……?」
その瞬間、弐号の瘤が裂け、泥の触手が無数に伸びてきた。
「っ、はや……!」
回避が間に合わない──そう思った瞬間、柚葉は自ら布を巻きつけ、自爆に近い爆破を起こす。
爆風が弾幕となり、触手を吹き飛ばした。
「はあっ、はあ……っ、近づけない……!」
弐号は怯まず迫る。泥が地を這い、空気を濁す。呼吸すら困難になる。
(違う、私は……ただ斬るだけじゃ、ない)
柚葉は布を巻き直すと、目を閉じた。
──火渡翔間の言葉が、よみがえる。
《焔布は、燃やす布じゃない。心を燃やす布だ》
(……そうだ。私は……奴らに怒ってる)
布が、熱を帯びる。沸き上がる怒り。悔しさ。恐怖。そして──
「あなたみたいなものに、大切な人を傷つけさせない!」
爆華双刃が、十字に交差する。柚葉の全身から、火柱が吹き上がった。
「“焔斬烈”!!!」
その斬撃は、弐号のぬめりすら焼き尽くした。
泥の塊が爆ぜる。呻きもなく、弐号は崩れ去った。
* * *
遠く、沼地の水面。蛇目は静かにそれを見つめていた。
「ほう……灼ける、か。泥すら、焼く炎……」
目を細め、舌をぬらりと出す。
「火渡の娘……面白い。だが」
彼は、さらに深く沈む泥の中に手を伸ばした。
「まだまだ、焚きつけ甲斐がある……」
“戦いの夜”は、まだ始まったばかりだった。




