表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絣戦記   作者: やしゅまる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/48

第十四話「蛇目、睥睨す」

その知らせが届くよりも早く、脅威は始まっていた。


火布の少女が“殺し”を知った──その報を、遠く筑後川の沼地で聞いた者がいる。


「火の……娘、か。だが、焦ることもあるまい」


濁りの底。水面に顔を出した異形は、白濁した瞳をすっと細めた。

夜河連・第壱柱──蛇目。その声は、さざ波のように静かだった。


「人の炎がどこまで届くのか──その前に、まずは周囲の雑草を払っておこう」


 彼は右手を水底に沈めると、泥に覆われた“何か”を引き上げた。

 泥の中から現れたのは、異様な瘤に包まれたカッパ。皮膚のような粘膜が全身を覆い、目は虚ろだった。


 「行け。“見えざる泥”──汚れし実験体、壱号」


 ぬるりと這い出た異形は、静かに地上へと向かっていく。


     * * *


 その夜、筑後の旧街道沿いで通信が途絶えた。巡回中だったはずの二名の織士が、応答しない。


 「状況確認、行くわよ」


 織部紅子はそう言って、同行の女性花京と共に廃路を駆けた。

 紅子はつい先日、正式にC級に昇格したばかり。任務慣れしていないはずの彼女が、自ら進んで動いたのだ。


 「紅子、前方……」


 「……見えてるわよ。あれ、絣服ね」


 路肩の林。草の中に倒れていたのは、泥に包まれた織士だった。いや──正確には、

 布ごと泥に繭のように閉じ込められていた。


 「何、これ……布の反応が、遮断されてる……?」


 紅子が幻惑布を伸ばすと、その布はぬるりと滑って絡まらなかった。

 何者かが、布そのものに干渉できない“ぬめり”で覆っている。


 次の瞬間、林の奥から影が這い出た。ぬらりと光る輪郭。水のように揺らめく身体。

 それは、見えない泥のカッパ──蛇目の送り込んだ実験体だった。


 「花京、援護して! “絣花霞”!」


 紅子の布が、空中で無数の花を咲かせる。幻惑効果を持つその布は、敵の視界を攪乱しつつ、毒花の胞子を漂わせた。


 実験体の動きがわずかに鈍る。


 「今よ、“毒縫掌”!」


 紅子が布の掌を敵の腹部へ叩きつけた。ぬめりが布を滑らせるが、毒は侵食する。


 「花京っ!」


 「任せろ!」


 背後から伸びた花京の鉄布が、敵の首を横薙ぎに払う。

 実験体はひときわ甲高い悲鳴をあげ、やがて泥の塊となって崩れた。


     * * *


 その様子を、どこかで見ていた者がいた。


 影の中。風も水も届かぬような空間。

 蛇目は、その目を細めて、笑っていた。


 「……悪くはない。毒と幻……まあ、遊ぶには充分か」


 だが、それはあくまで観察。


 「火の娘。次は……その火で、誰を灼くか見せてもらおうか」


 ぬるりとした指が、水面に触れる。


 静かに封が解かれる。実験体・弐号──より強く、より深く、汚れた存在が動き出す。


 “戦いの夜”は、終わらない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ