第13話「昇火の証」
久留米・《織守》本部。昇降試練場。
「──久絣柚葉、前へ」
冷ややかでありながらも、どこか凛とした声が場内に響く。
水城凪。A級筆頭織士にして、審査官を務める銀髪の女戦士。その横には、紅子や斑戸、沙音ら仲間たちが並ぶ。
柚葉は一礼し、静かに歩み出た。
火布を背に結び、まっすぐ前を見るその姿は、かつての“怯えた新人”のそれではない。
「C級昇格の条件は、布の制御能力・戦闘技術・精神耐性の三項目。それを、実戦形式で審査する」
凪の背後。試練場の扉が音を立てて開く。
「対象、夜河連B級個体──“沈爪”。四足の獣型。水域での高速移動と、爪による撹乱攻撃を得意とする」
現れたのは、ヌメる甲殻を持つ異形のカッパ。その姿はかつて対峙した下級個体とは明らかに異なり、牙も爪も鋭く、殺気を放っている。
(怖くないと言えば嘘。でも──)
柚葉は火布を解き、地を蹴った。
「はああッ!!」
火布が風を裂く。炎をまとう紅の閃光が、沈爪の肩をかすめる。
敵は後退せず、低く跳躍した。壁を蹴り、跳ね、角度を変えて一気に突っ込んでくる。
「──速い!」
間一髪、布を盾のように巻き、防御。
凄まじい衝撃が全身を走った。膝が折れそうになる。
(でも私は、負けない──!)
跳び下がりつつ、脳裏に浮かぶのは、火渡翔麻の言葉。
《布は心で制す。お前が本当に“燃やしたいもの”はなんだ?》
(私は……弟を失ったあの日から、何も変われてなかった。けど、あの夜……カッパを倒せた自分を、誇りたい)
火布が、鮮やかな紅に燃え上がる。
「技──《焔斬烈》!」
振るわれた布刀が、蛇のようにうねり、沈爪の右肩を深く裂く。火が肉に食い込み、悲鳴が場内に響いた。
沈爪が吠え、最後の突進を仕掛ける。
柚葉は真正面から受け止めた。布を腕に巻き付け、全力で投げ払う。
「──これで、終わりだァッ!!」
布が描く火の螺旋が敵の胴を断ち、炎が広がって爆ぜる。
沈爪の巨体が、熱に焼かれ崩れ落ちた。
……沈黙。
会場の空気が、一変する。
「……試験、終了」
凪が静かに告げた。
柚葉の肩で、火布がふっと揺れる。彼女の中の“恐れ”が、少しだけ消えていた。
「久絣柚葉。C級・織士への昇格を、ここに認定する」
その言葉に、周囲の仲間たちが拍手を送る。
斑戸は無言でうなずき、沙音は口元をわずかに緩めた。紅子がそっと近づき、手を取る。
「……おめでとう、柚葉ちゃん。これからが、ほんとの戦いよ」
柚葉は、強くうなずいた。
(私はもう、ただ守られるだけの存在じゃない。私の布で、私の手で、進んでみせる)
こうして、久絣柚葉は正式に《織士》のひとりとして認められた。
だが──。
昇格の知らせが届くよりも早く、次なる脅威は迫っていた。
夜河連・第壱柱──蛇目が、静かに動き始めていたのである。
火の娘が“目覚めた”と知り、彼は笑った。
「さあ、次は──その火で、誰を灼くか見せてもらおうか」
新たなる“戦いの夜”が、近づいていた──。