表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絣戦記 カスリクロニクル  作者: やしゅまる
11/34

第10話『灰泥の底』


 夕刻──久留米市郊外、廃ビル群の一角。


 「ここが……任務の現場……?」


 久絣柚葉は、火布を背に結びつけながら周囲を見渡した。


 黒羽迅が率いるのは、たった三名。柚葉のほかに、階級C級の二人──隻腕の重装織士・斑戸、そして風速を操る女織士・沙音さね


 「夜河連の下級カッパが数体。このあたりに潜んでいるらしい。目標は“掃討”だが、何より目的は……お前に“実戦”を踏ませることだ、柚葉」


 迅の口調は冷静だった。


 斑戸と沙音は特に関心を示さない。ただ命令に従うだけ、という無表情さで準備を整えていた。


 陽が落ちると、あたりは急に気温が下がった。


 風のない街路。ビルの陰が、黒く深く、底知れぬものに思えた。


 「……来る」


 斑戸の低い声と同時に、空気が濁った。


 泥と腐臭をまとった異形が、建物の影から現れた。カッパ──夜河連の尖兵。


 「三体確認。柚葉、右を任せる。やれるか?」


 「……はい!」


 火布を解き、指先から炎が走る。内なる熱が、柚葉の腕を駆け上がる。


 (怖い……でも──燃やす。この手で)


 敵のひとつが、鋭い爪を振りかざして襲いかかってきた。


 柚葉は火布を鋭く振るう。布の先端が焔をまとい、迫るカッパの腕を切り払う。


 「──ッ!」


 斬撃は浅かった。だが、火布の熱が敵の動きを鈍らせる。


 「こっちは一体、撃破!」


 沙音の声が響く。風の布が鞭のように唸り、敵の首を断ち切った。


 「無駄口叩くな。まだ終わってねぇぞ」


 斑戸は盾布を構え、敵の飛びかかりに真正面からぶつかる。そのまま地面に叩き伏せ、火布の柚葉へ合図を送った。


 「柚葉、仕留めろ!」


 「……はい!」


 火布に全神経を集中させる。頭の中で、火渡翔麻の声がよぎる。


 《布は心で制す》


 敵の心臓を狙い、柚葉の布が紅く煌めいた──


 刹那、敵の胸を深く貫く熱刃。


 灼かれたカッパは、苦鳴とともに崩れ落ち、泥の残滓となって消えた。


 ……静寂。


 すべてが終わったのは、数分の出来事だった。


 「……やった、やった……!」


 柚葉が膝をつき、息をつく。


 「……燃やした、私が……ちゃんと戦えた……!」


 初めての本物の“殺し合い”。


 怖かった。だが、立ち向かった自分が確かにいた。


 「上出来だ。最初にしてはな」


 黒羽迅が、短く告げた。


 その目には、冷たさではなく──わずかに、安堵が浮かんでいた。


 そしてその頃。


 筑後川中流、鬱蒼とした森の奥。


 黒い濁りを湛える沼の水面に、一つの影が揺らめいていた。


 「……また、人間が川を汚したか。血と火と毒で満たして、なお足りぬか……」


 ぬらりと現れた灰泥の異形。


 夜河連・第壱柱──蛇目。


 「火布の娘。ついに“殺し”を覚えたか。ならば、その業火で……貴様自身を焼き尽くすがいい」


 その目が、遥か久留米の空を睨み据えていた。


 戦いは、すでに始まっている。


 柚葉の火が灯ったことで、夜河連の“本当の牙”が、動き出す──。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ