第9話『影布の誘い』
演習翌日──織守・久留米支部の訓練棟にて。
火渡翔麻の号令とともに、D級訓練生たちが整列していた。集団演習は、柚葉たちの勝利で幕を下ろした。布の扱い、連携、判断力──すべてが評価された成果だった。
「お前ら、よくやった! ……まあ、多少の粗はあったがな。とくに火布!」
翔麻の言葉に、柚葉は頭をかく。敵の奇襲にやられそうになったのはやはり失点だった。
「でも、紅子ちゃんが止めてくれたから……」
横で紅子がにっこり微笑む。「お互いさまですわ。柚葉さんが敵を引きつけてくれたから、風布が生きましたもの」
仲間意識が芽生えていた。集団演習は勝利だけではなく、信頼をもたらしていた。
その日の午後。柚葉は一人、訓練場の隅で布の制御練習をしていた。火の布は、彼女の精神状態を鋭敏に映す。怒り、悲しみ、決意──全てが熱となって広がる。
「……弟の仇、絶対に見つける」
心の奥底から、熱が立ち上る。
「その“熱”、見込みあるな」
突如、声がした。気づけば、柚葉の後ろに黒羽迅が立っていた。
「迅さん……」
黒衣の青年は静かに歩み寄る。瞳の奥に光るのは、冷たい鋭利さ。
「見せてもらった。火布の適合率、上々だ。だが“扱いきれない力”は、敵と変わらん。制御できなければ暴発する」
「……はい」
「だから、来い。俺が“本物の戦場”を見せてやる」
「え?」
唐突な誘いに、柚葉の目が見開かれる。
「来週──少数精鋭で行う“市街区掃討任務”がある。夜河連が動いている可能性が高い。お前を連れて行く」
「え、でも……私はまだD級で……」
「関係ない。お前は“火布”に選ばれた。それが何を意味するか──お前の炎が、奴らにとってどれほどの脅威か」
迅の声は、何かを探るようだった。
「断ってもいい。ただし、逃げ道はない」
そう言い残し、黒羽迅は煙のように姿を消した。
柚葉は一歩も動けなかった。言葉ではない“何か”が心に残っていた。火布が、微かに震えている。
「……怖い、けど……」
思い出すのは、弟の最期。無力だった自分。そして──今の自分。
柚葉は拳を握る。
「行きます、迅さん……私、もっと強くなります」
火布が、小さく脈を打った。それは、次なる戦いへの合図だった。
──そして、夜の闇のなか。
黒羽迅はひとり、支部屋上から街を見下ろしていた。月が、陰り始めていた。
「火布の娘……夜河連にとっても、あれは“火種”だ。さて、どう転がる……?」