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絣戦記   作者: やしゅまる
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第1話『火布、哭く』

六月の川は、温く、濁っていた。

 久留米市田主丸町。筑後川の支流にて、今日もまた、人がひとり消えた。


 「ねぇ、春翔! 流れ速いから、あんま行かんよ!」


 柚葉は足元まで水に浸かり、弟に声をかけた。

 小学五年の春翔は、河原で拾った木の枝を振り回しながら、笑って川に足を突っ込む。


 ——次の瞬間。川面が「ブツン」と裂けた。


 濁流からぬるりと現れたのは、泥で膨れた異形の“手”だった。

 春翔の胴をがっちりと掴むと、そのまま水中に引きずり込もうとする。


「——春翔!!」


 柚葉が手を伸ばした時には、もう遅かった。

 水飛沫とともに泥の怪物が現れた。人間に似た姿だが、目は魚のように濁り、口は裂け、体からはぬめる泥が滴っている。


 「カ……ッ、パ……?」


 言葉が震える。そんな存在、昔話の中だけのはずだった。だが、目の前で春翔を喰らう“それ”は、明らかに人の形をした怪物だった。


「姉ちゃァ……助けて……ッ!」


 小さな手が、柚葉の指先に触れる。だが——


 ズブリ、と音がして、手は泥の中に沈んだ。


 「いや……いや……春翔……!」


 次に狙われたのは柚葉だった。足を取られ、膝を突く。背後から泥の触手のようなものが伸び、首筋に絡みつこうとした瞬間——


 「影縫・斬陣」


 黒い刃が走った。


 視界の隅に黒影が飛び込み、泥の腕を一閃。怪物は断末魔の叫びを上げて崩れ落ちた。

 その場に立っていたのは、黒髪の青年。目は鋭く、身体には黒布を纏っている。


 「……ギリギリだったな。お前、見えてるのか? あれが」


 柚葉は、何も答えられなかった。涙がポロポロと溢れた。そして地面に転がる春翔の布のリストバンドを、そっと拾い上げる。


 「……全部、泥に呑まれた。でも、これだけは残ってた」


 青年は名乗った。「俺は黒羽迅、《織守》の織士しょくしだ。」と


 「織守って……なに?」


 「久留米絣を“武器”に変え、カッパを討つ組織。奴らは昔から、この土地に巣食っている。“布”でなきゃ殺せない。普通の人間じゃ勝てない」


 川の水が静かに流れる中、柚葉は立ち上がった。

 握りしめたリストバンドに、火が灯るような熱を感じた。


「……私も、そっちに行く」


 「は?」


 「復讐する。あの化け物を全部殺さないと、春翔は——私の中で、ずっと殺され続ける」


「じゃあこの久留米絣の布に触れてみろ」


 触れた瞬間、布が目覚めた。

 空気が震え、布が炎のように揺れ、まるで泣いているように、静かに燃えた。


 迅は、その様子を見て目を細めた。


 「……久絣。火布か。思ったより早い目覚めだな。——ならば、行こうか」


 柚葉の目に、迷いはなかった。


 弟を喰った泥の怪物——カッパ。

 復讐の炎は、久留米の川辺から燃え上がる。


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