告白99連敗中の一途な騎士様が、今日も「あなたが好きです」と花束を持ってくる
一途な騎士 × ツンデレ令嬢の短編です。
朝の王都訓練場は、騎士たちの掛け声と鉄のぶつかる音で賑やかだ。
だがその中でもひときわ耳障りな声が、今日もアリシアを捉えて離さなかった。
「アリシア・ローレンツィア嬢!」
その声が聞こえた瞬間、アリシアは溜め息をつく準備をしていた。
完璧なタイミングで、深く、静かに。
「……ごきげんよう。今日も元気ね、レオン」
振り向けば、黄金の陽に照らされるような青年が訓練場の片隅からまっすぐに駆け寄ってくる。
汗ひとつかいていない癖に、妙に爽やか。
やたらと眩しいのは、彼の魔力のせいか、笑顔のせいか。
「おはようございます、アリシア嬢。今日も一段と美しい。はい、どうぞ」
そう言って、レオンは小さな花束を差し出してきた。
今朝摘んだばかりの、薄紅の星花。香りも見た目も申し分ない。
だが、アリシアの反応はいつも通りだった。
「捨てるなら訓練場の外でお願いね。花が可哀想だわ」
アリシアは花を受け取るでもなく、袖で髪を払った。
がっかりもせず、それを当然とばかりに笑うレオンの表情に、いつも通りじわじわと苛立ちを覚える。
「さて、アリシア嬢。本題です」
「……」
来た。
アリシアは心の中でカウントを始めた。もう儀式のようなものだ。
「レオン・グランヴェルは―――」
白銀の鎧に包まれた彼が、すっと膝をつく。
周囲の騎士たちの動きが一瞬止まる。
誰もがこの光景を見慣れているからこそ、呆れも尊敬も混じった視線を投げてくる。
「―――アリシア・ローレンツィア嬢を心から愛しております。どうか、僕とお付き合いしていただけませんか?」
「お断りします」
即答だった。表情一つ変えず、アリシアは魔導杖を肩に担ぐ。
この告白は、通算99回目だった。
「理由は、今日も『忙しい』ですか?」
レオンは笑顔のまま聞いてくる。
ああもう、振られることに慣れすぎている。
「いえ、今日は『面倒だから』よ。昨日は『風が強いから』だったでしょう?」
「明日はなんて断られるのか、今から楽しみです」
まるでゲームでもしているかのように、レオンは屈託なく笑う。
アリシアはその横顔を見て、心のどこかでほんの少しだけ、ほんの、本当に少しだけ。
罪悪感のようなものを感じた。でも、ハッとしてすぐに首を振る。
―――違う。私は、恋なんてするつもりない。
感情の波に振り回されて、勉学も訓練もおろそかになって、それで得られるものが何?
手を繋ぐ? 一緒に食事する? 顔を見て笑い合う?
それの何が成果なのか、アリシアにはさっぱり分からない。
彼は騎士で、アリシアは魔道士だ。
気を抜けば命を落とす場所で、気まぐれな感情に振り回される余裕なんてない。
レオンはそれを分かっていない。ただの夢見がちな騎士なのだ。
王国のエース? 知ったことじゃない。
……けれど。
「じゃあ、明日もまた告白させてくださいね」
そう言って、レオンは花束を自分の胸に抱きながらふわりと笑った。
まるで、勝利を確信しているかのように。
「もしかしたら、次はOKしてもらえるかもしれない。そんな気がするんです」
「……根拠は?」
「騎士の勘です」
バカみたいに自信満々で、真剣な瞳。
何度振っても1ミリも変わらないその目に、アリシアは思わず言葉を詰まらせた。
「本当に、懲りないわね。馬鹿みたい」
そう言い捨てて、アリシアは踵を返した。
なぜか、頬が少しだけ熱かった。
振り向かずに歩き出す背後で、誰かがひそひそと呟くのが聞こえる。
「……あれ。アリシア様、顔赤くない?」
うるさいと叫んでしまいたかったけれど、アリシアは結局何も言わずにその場を去った。
これがレオン・グランヴェルからの、99回目の告白だった。
―――――
―――
―
「アリシア嬢、落ち着いて構えを取ってください」
「わかってるわよ」
訓練場の片隅、魔導学院と騎士団の合同演習が行われている。
実戦を想定した対人模擬戦―――騎士と魔導士がペアを組み、連携を学ぶ訓練だ。
アリシアはもちろん、参加しなければならない立場なのだが。
ペアの相手がよりによってレオンだったことに、アリシアは眉を寄せていた。
「今日の訓練で10回以上、視線が合いましたね。これはもう運命と言ってもいいのでは」
「その運命、どこかで間違ってねじれたのよ。元に戻してきてちょうだい」
「ふふ、ツンデレの香りがする……」
「ちょっと何を嗅いでるのよ! あと一歩近づいたら凍らせるわよ」
思わず魔力が指先に集まった。
レオンは面白がるように笑ったが、その直後、どこからか2人の上に巨大な魔力の矢が降ってきた。
「危ない!」
レオンの腕が、アリシアを抱き寄せる。
「っ……!」
瞬間的に動けなかった。体が勝手に反応した。顔が、近い。
あまりに近すぎて、彼のまつげの1本1本まで見える。
そんな場合じゃないのに。
魔力を暴発させた魔道士が、こちらに駆け寄りペコペコと頭を下げている。
だけどアリシアは、レオンの滑らかな輪郭をぼんやり眺めることしかできなかった。
少しして、抱きしめられたままだったことに気づく。
アリシアはぎゅっと眉を寄せてレオンを見上げながら、ぶっきらぼうに言った。
「レオン……助けてくれたことには感謝するわ。でも、離れなさい」
「ご無事で何よりです。……これで今日も、ひと抱きゲットですね」
「減点500」
軽口を叩くレオンに、アリシアは氷の壁を飛ばして追い払う。
ほんの少し、本当にわずかに、鼓動が速くなっているのを誤魔化しながら。
その後は特に問題も起こらず訓練は終わり、アリシアは学院の屋上で1人、風に当たっていた。
レオンのことを考えていたわけじゃない。
ただ、ああいう危機的な場面でレオンはいつもアリシアを守ろうとする。
それは訓練でも、本番でも変わらないのだ。
―――2年前。初めて任務で遭遇した魔獣に襲われたとき。あのときも、彼は。
「……なんで、思い出すのよ」
悔しそうな声色で、アリシアが呟く。
あのときもレオンは、アリシアの盾になった。まだ顔も名前も知らなかった頃なのに。
アリシアを守ったことで怪我をして、3日間も寝込んで。
それでも「守れてよかった」なんて笑っていたのだ。
馬鹿じゃないの? なんてアリシアは思っていた。なのに。
なぜかそれ以来、彼のことがずっと目につくようになってしまったのだ。
笑い方。話し方。人との距離感。
剣を振るうときの真剣な眼差しと、アリシアに向ける優しさ。
アリシアはそれを、「気になる」とすら認めていない。
するつもりもない。でも。
(明日が、100回目……)
あのとき、レオンは笑っていた。自信満々に。
なのに、あの笑顔の奥に、ほんの一瞬だけ見えたものがあった気がする。
―――諦めに似た、さみしさ。
あの人は、明日も笑って、また告白するのだろうか。
もし、そこでまた断ったら。
もし、それが本当に最後だったら。
「……恋なんて、非効率よ。意味がない」
そう言葉にしてみた。でも、どうしてだろう。
その言葉が、今日はやけに薄っぺらく感じてしまった。
―――――
―――
―
夕暮れの訓練場はどこか寂しげで、アリシアの胸にひっそりと冷たい風が吹いた。
今日で、100回目。
訓練後、学院の廊下を歩いていると、仲間の魔導士たちがひそひそと話しているのが聞こえた。
「今日、ついに100回目なんだって。レオン様の告白」
「アリシア様、どうせまた断るんでしょ?」
「いや、最近ちょっと雰囲気違うよね……」
余計なお世話。
アリシアはそう思いながら、足を止めた。
……本当に、断っていいの?
レオンの言葉に耳を傾けたことなんて、今までなかった。
毎回、同じだと思っていた。
だけど、初めて会った時にアリシアを守って傷だらけになった背中と、「好きです」と言うときの揺るがない瞳。
それを思い出して、アリシアは瞳を伏せる。
……誰かに、あんなふうに見つめられたのは、初めてだった。
最後の訓練が終わったあとも、アリシアはなんだか帰る気になれなかった。
夕暮れと夜の間のような、紫色の空の中、アリシアは裏庭へ足を運んでいた。
自分でも理由は分からない。
ただ、ここなら……来るかもしれない、なんて思ってしまった。
そして、彼は本当に現れた。
「来てくれるなんて、奇跡ですね」
白い騎士服に身を包んだレオン・グランヴェルは、今までのどのときよりも静かな目でアリシアを見つめていた。
「奇跡じゃないわ。たまたま通りかかっただけ」
「じゃあ、たまたまでもいいです」
レオンは手に持っていた花束―――100回目の贈り物を、そっと胸に抱えた。
「これで最後です。もう、引き際だと思っていますから」
「……え?」
アリシアは思わず顔を上げる。
レオンは、いつになく真剣で切実な瞳をしていた。
本気の目だった。
「今日、断られたら諦めようと思ってました。さすがにこれ以上、アリシア嬢の迷惑になりたくなかったから」
「……じゃあ、なんで今まで続けてきたのよ。99回も」
「その99回で、あなたに少しでも僕の想いが届けばいいと思ったからです」
レオンの表情は、いつものように笑ってはいなかった。
ああ、本当に最後なんだ。とアリシアはようやく気がついた。
「あなたが笑うとき、あなたが怒るとき、あなたが誰かを助けようとするとき……全部、僕は、好きなんです」
「…………」
アリシアは言葉が出なかった。
誰かの強い感情をこんなに正面から受け止めるのが、こんなにも苦しいものだなんて、知らなかったのだ。
2人の間に風が吹いた。
アリシアは何を言えばいいのかわからず、レオンの瞳を見つめていた。
「アリシア嬢。僕はあなたが好きです。もう一度、言わせてください」
声が震えていた。手も、少しだけ。
それでも、レオンは逃げなかった。
アリシアの目を真っ直ぐに見て、言った。
「―――これが、100回目の告白です。僕と、付き合ってください」
どっくん、と一際大きな心臓の音が耳に響いた。
アリシアは今まで、何度も彼を「うるさい」「馬鹿」と罵ってきた。
冷たい理屈で、恋なんて無意味だと突き放してきた。
でも100回諦めなかったレオンが、今ここにいて。
アリシアはその姿を見て、思った。
……これが、最後なのだとしたら。
この想いを、もう二度と聞けないのだとしたら―――。
「…………勝手にすれば。でも、後悔はしないでよね」
それはきっと、アリシアの初めての本音だった。
レオンの目が、驚きに見開かれる。
「え……?」
「聞こえなかったの? 100回も告白しておいて、聞き取れないなんて馬鹿ね」
顔が熱い。目を合わせたくない。
だけど、逃げない。
「付き合って“あげる”。でも私は恋愛経験ゼロだから、そこは期待しないで」
そう言ったアリシアの言葉に、レオンは―――今まででいちばん優しい、心底嬉しそうな笑顔を見せた。
「はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」
「ちょっと、くっつかないでよ!」
「あぁ、夢みたいです……!」
「聞いてるの!?」
その声は、いつものように大きくて、まっすぐで、うるさかった。
でも、それが少しだけ……悪くないと思った。
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