最終章 これが僕らのハッピーエンド
その夜、私はずっと彼の顔を見ていた。
眠っている蓮は穏やかな顔をしていた。
まるで、何もかも忘れてしまったみたいに。
私は、静かに彼の上に跨った。
そっと、首に手を添える。
このまま力を込めれば、すべてが終わる。
壊してしまえば、もう何も求めなくて済む。
でも、
彼は目を開けた。
そして、あの優しい笑顔で、私にキスをした。
「大好き」
そう、初めて、彼の口から聞こえた。
心が揺れた。
それが本心かどうかなんて、もう分からなかったけど。
その言葉が、私を止めた。
「......無理だ」
私は彼の首から手を離し、そう呟いた。
「私には、君を壊しきることなんて、できなかった」
蓮は困ったような、悲しいような顔で、私を見つめていた。
私は、もう決めていた。
「今日は。いや、これで、終わりにしよっか」
朝が来た。
地下室の重い扉を開ける。
蓮の鎖を、静かに外す。
手首に残った跡を、彼はじっと見つめていた。名残惜しそうに。
爪は、ほとんど元通りになっていた。
でも、もうそんなものは関係ない。
「行こっか」
私は彼に手を差し出す。
蓮は、まるでデートにでも行くように、嬉しそうに手を取った。
階段を上がる。
赤く差し込む朝の光がまぶしい。小鳥達がさえずっている。
扉を開けると、
そこには数台のパトカー。
蓮が私の顔を見る。
手が、小さく震えていた。
「......どうして」
震える声。
私は、優しく微笑んだ。
「もう、二度と会うことはないから。安心して。終わりだよ」
その瞬間、蓮の顔から表情が消えた。
あの、光のない目。
いくつもの足音。
警官たちが走り寄ってきて、私の腕を取る。
「藤咲あかりさんですね。あなたを監禁・傷害の容疑でー」
手錠がかけられる。
私は、最後にもう一度だけ蓮を見る。
彼の顔は、あのときと同じだった。
「君は、最後までわがままだった」
その言葉に、胸が締め付けられた。
ごめんね。
でもきっと、これが君にとって、一番の幸せだから。
私は、笑った。笑っているつもりだった。
最初から、私なんかが幸せになる資格なんてなかったんだ。
でも、それでいい。
君が幸せなら。
きっと、これが私たちのハッピーエンド