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後編 第四章 愛情が欲しかった

父と母の間に、愛情なんてなかった。

ただ家の都合で決められた、政略結婚だった。


私は「藤咲家の子」として育てられただけ。

お金はあった。欲しいものは、なんでも買い与えられた。


でも、本当に欲しかったものだけは、手に入らなかった。


愛情。

誰かに必要とされること。

名前を呼ばれて、抱きしめられて、「大好き」と言ってもらえること。

ただ、それだけが欲しかった。


でも、誰もくれなかった。


どれだけ笑っても、いい子にしても、心を向けてくれる人はいなかった。


だから、私は決めた。


私のことを、誰よりも必要としてくれる存在を、自分でつくろう。


ーーー


高校に入学した春、運命のように彼と、三月蓮と出会った。


優しくて、流されやすくて、ちょっと鈍感。

でも、私の話をちゃんと聞いてくれて、笑ってくれて、名前を呼んでくれた。


「この人だ」と思った。

この人こそ、私が愛し、愛されるべき存在だって。


休み時間はなるべく近くにいて、距離を縮めた。

連絡先を交換して、通話もした。

他の女子が近づけば間に割って入り、気づかれないように牽制した。


彼はまったく気づいてなかったけど、私は2年間ずっと、彼のすべてを観察していた。


誰と話して、どこへ行って、どんなものが好きで、どんな夢を見ていたのか。


全部知ってる。全部覚えてる。


そして、三年の夏、私は彼を家に招いた。

紅茶に睡眠薬を入れて。

眠りゆく彼の顔を見て、思わず笑みがこぼれた。


やっと、手に入る。


これで、私だけの蓮になるんだ!


ーーー


彼が目を覚ましたとき、私の心は期待でいっぱいだった。

きっと驚くだろうけど、でも大丈夫。すぐにわかってくれる。


私がどれだけ彼を愛しているか。

どれだけ時間をかけて、彼を「幸せ」にしようとしているか。


でも、目覚めた蓮の顔は、違った。

怯えていた。混乱していた。


私が笑って話しかけても、震える声しか返ってこなかった。


......なんで?


私の料理を美味しいって言ってくれた。

「嬉しいな」って思った。

でも、それもきっと、怖いから無理してるだけなんだ。


絵を描きたいって言った。

紙とペンを渡して、何を描くのかワクワクしてたのに、外の景色が描きたい、だって。


外に出たい、ってことだよね。

私以外を見たいってことだよね。


「...なんでそんなに、私以外を欲しがるの?」


気づけば、ナイフを手に取っていた。

蓮の右手を掴んで、手のひらを割いた。

血が溢れる。


怖がる彼の顔、悲鳴、涙。


だけど、私は笑っていた。

「私以外、必要ないの」


それが、愛だから。

私なりの、愛の伝え方だから。


その夜、私はわざと鍵を開けて出かけた。

玄関の鍵も、部屋の扉も、何もかけずに。


「逃げようとするか、試してみよう」

そんな気持ちだった。


そして予想通り。

蓮は階段を上がり、玄関のドアに手をかけた。


私の大切な彼が、逃げようとしてた。

裏切られた。


気づいたら、蓮の首に麻酔の注射針を刺していた。

眠るように崩れ落ちる彼の体。

なんで?って顔で私を見る。裏切られたのは私のほうなのに。


目を覚ました彼に、私は聞いた。


「ねえ、私のこと好きじゃないの?」

そう聞いた。涙が出そうだった。


彼は「違う」って言った。

それならなんで逃げたの?って聞くと、彼は黙った。


私は壁のノコギリを見て思った。


歩けるから、逃げようとするんだ。

なら、歩けなければいい。


足の爪を、一本ずつ、ペンチで剥がしていった。

彼の叫び声が響くたび、胸の奥が痛かった。

でも、それ以上に「奪われる」ことが怖かった。


「今日はこれくらいにしておくね。また生えてきたら、取ろうね」

そう優しく言った。


蓮は、私のもの。逃がすわけにはいかない。



それから、彼は変わった。


まるで最初からそうだったみたいに、私の言うことを素直に聞くようになった。

私の作るご飯を食べて、「美味しい」と言い、首輪をつけて、「似合うね」と微笑む。


絵を描かなくなった。

泣かなくなった。

逃げようとしなくなった。


それは、嬉しいはずだった。


でも、

「何かが違う」と思った。


私がずっと欲しかったのは、ただ従順な人形じゃない。

彼の愛情が欲しかったのに。


それなのに、

彼はいつも笑ってるけど、その目に光がない。

私と話してるけど、心はどこか遠くにあるみたいだった。


これで、よかったんだよね?


でも、胸が痛い。

思い描いていた“ハッピーエンド”と、何かが違う。


彼は、何も言わなくなった。

私が触れても、痛がらなくなった。

私を見て、微笑むようになった。

怖がるでもなく、愛おしむでもなく、ただ、諦めたみたいに。


私のしてきたことは、彼を、壊すことだったのかもしれない。


そんな考えが浮かんで、怖くなった。



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