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第6話 何それ物凄く本格的

               6


 此花はマオの頭を撫ぜながら俺が座っているベンチに近づいて来た。


「家に着いてリビングに入った瞬間に電話が鳴ったからびっくりしたよ。丁度良かった」


 此花は俺の隣に座った。


 まったく同じタイミングで俺は立ち上がった。


「あ」


 まるでわざと避けたみたいな絶妙な間だ。ばつが悪い。気を悪くしなければいいけれど。


 此花は特に気にした様子もなく、すぐに立った。


 俺は自転車の所へ行きハンドルを両手で握ると足でスタンドのロックを外した。


 自転車の向きを変えて跨る。そういえばヘルメットを、ずっと被ったままだった。


「見つかって良かったね。じゃ、俺はこれで」


「公園を出るまで送ってよ。怖い思いしたからあれ以来ここ通ってないんだよね。本当は近道なのに」


 そう言われてしまうと置いていくわけにはいかなかった。


 俺は自転車から降りると自転車を転がす体勢になった。


 マオを抱いた此花は、すぐに俺の脇に並んだ。


 確か俺が使っている出口と此花が使う出口は違うはずだ。


 大した回り道ではないが、それよりも誰かに見られるほうが心配だ。


 冷やかされたくない。誰かに、好きじゃないと泣かれるような経験は二度と御免だ。


 俺は、きょろきょろと辺りを見回した。


 幸い誰もいなかった。


「あいつら、いそう?」


 此花は違う心配をしたようだ。


「いない。いても多分俺たちは、もう絡まれないよ」


「あの時は本当にありがとう」


「もういいって。実際に俺、何もしてないから。横を通りすぎようとしただけだ」


「何もしていないなら、なぜもう絡まれないって言い切れるの?」


 此花は意外と鋭かった。


 とはいえ、真実を答えてもどうせ引かれる結果になるだけだ。説明する気はない。


「勘」とだけ俺は答えた。


 並んで歩きだす。


 此花は、それ以上理由の追及をしてこなかった。訊いても俺に答える気がないとわかったのだろう。話題を変えた。


「よくマオが捕まったね。うちに誰か来ても威嚇してどこかに逃げ込んじゃうのに」


「普通に猫のほうから擦り寄って来たよ。もしかして魚の匂いがとれてないかな」


 俺はハンドルから右手を放すと指先の匂いを嗅いだ。


 特に魚の匂いはしない。もしかしたら鼻が麻痺しているだけかも知れないけれど。


「何で魚の匂い?」


「バイト先で取り扱うんだ。今朝も触ったから」


「魚屋さん?」


「ヤマメの養殖」


「何それ物凄く本格的。何するの?」


「朝晩魚に餌をやったり出荷のために網で捕まえたり包丁で捌いたり」


「凄い。もしかして今日もこれから?」


「うん」


「間に合うの?」


 此花は心配そうな表情を浮かべた。マオの相手をしたせいで俺が遅刻する可能性に思い至ったのだろう。


「楽勝」


 俺が答えると此花は安心したように微笑んだ。


 それからジトっとした目で俺を見た。


「校則ではバイト禁止のはずですが」


「学校に申請して許可とればいいんだよ」


「でも生活費とか、やむを得ない家庭の事情がある人以外認められないって」


 此花はハッとした様子で口を噤んだ。俺の家庭の事情に踏み込んでしまったと気付いたのだろう。許可を取ってまで朝晩毎日バイトをしているなんて苦学生に決まっている。


 お互いに黙ったまま少し歩いた。


 いつもの俺が使ってはいない公園の出口に到着した。


「ここまででいい?」


「大丈夫。ありがとう」


 此花は頷いた。


 家で電話を切ってから走って五分で公園中央のトイレに駆け付けられる距離に彼女の自宅はあるはずだ。もしかしたら、ここから見えている家のどれかかも知れない。


 とてもプライベートな情報だ。此花は俺に自宅の場所など知られたくはないだろう。


 俺は此花に背中を向けてから挨拶をした。


「じゃあ、気を付けて」


 そのまま俺は振り向かずに自転車に跨りペダルを踏みこんだ。


 彼女がこの場からどちらに向かうのかは知らないが、うっかり振り向いて彼女の家の場所に俺が興味を持っているように受け取られても困る。それじゃストーカーだ。


「また明日ね」


 俺は此花からの社交辞令を背中で受けながら自転車を加速させた。


 やばい。真剣にバイトに遅れそうだ。

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