第24話 保育園に行かない日も家までは送ってくれていいんだよ
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水槽の水温を確認して温度が高すぎていないかチェックする。
死んで白くなってしまったヤマメの卵をピンセットで取り除く。
ガラス面をタワシで擦って苔を落とす。
ホースで水槽の水を少し抜きハイポで塩素を抜いた同量の水を用意して水槽に水を足す。
卵が孵化するまでの毎日の水槽のお世話はそれぐらいだ。
稚魚になり泳ぎだすまでの間は水黴が天敵だ。
死んだ卵を放置しておくと白いカビがわく。卵は泳いで逃げることができないのでカビに侵食されて他の健康な卵まで死んでしまう恐れがある。単純に水質も悪化する。
だから、孵化までは毎日保育園に通って水槽内の状態を確認した。
水槽の底に沈んだ卵をよく見ると数日後には目ができている様子が確認できた。
黒い目が二つ、卵の中にできている。
心臓もトクトクと動いていた。
毎日見ていると卵の中でくるりと魚が向きを変えたりした。
俺が水槽をいじっていると此花に連れられた琴音ちゃんや他の園児が近寄って来るので適当に相手をする。
水槽設置後十日ぐらいで卵が孵化をした。
卵の殻を破って魚と呼ぶには不格好な黄色い透明なオタマジャクシのような仔魚が飛び出した。イクラに頭と尾がついた形だ。
まだ泳げないのでお腹にさいのうをつけたまま砂利の上に転がっている。
さいのうとは栄養が詰まった袋だ。卵の黄身部分だと思えば間違っていない。
生まれたばかりの仔魚はまだ餌を食べず、さいのう内の栄養を吸収して成長する。
大体一か月ぐらいかけてオタマジャクシ体型の仔魚から魚体型の稚魚に変化する。
稚魚になると水槽内を自由に泳ぎ回って餌を探すようになる。
稚魚の口の大きさに合わせた粉末タイプの鱒用試料を、ふりかけのように水面に撒く。
粉餌はゆらゆらと水中を落下し底に落ちるまでに動くものを餌だと思ったヤマメの稚魚が反射的に口にする。
けれども、底に落ちた餌には見向きもしない。
ヤマメは、もともと水中の虫等の生きた餌を食べる魚だ。
底に落ちた粉は生き物には見えないので興味を持たないのだろう。
そうなると餌ではなくただのゴミだった。水に溶けて水質を悪化させる。
俺はホースを使って水槽の水と一緒に底に沈んだ餌を取り除いた。
水槽の上に設置したろ過装置にも食べられなかった餌は吸い込まれているため中のウールマットを取り外してホースで吸い出してバケツに溜めておいた水槽の水で洗う。
ろ過装置は汚れた水を綺麗にするための装置だが完全ではない。水槽の水を交換する頻度を若干伸ばす程度の役割だ。
本当は毎回水槽の水を全量取り換えてしまいたいが時間もかかるし手間もかかるのでそうはいかない。養魚場のように新鮮な井戸水をかけ流して使える環境だと理想的だった。
魚の種類が何であれ稚魚に対しては少量の餌を一日に何回も分けて与える方法が基本だ。
俺は放課後しか保育園に来られないので日中は保育士さんに餌やりをお願いしていた。
ヤマメの稚魚が舞い落ちる餌に群がって食べる様子は園児たちに人気らしい。少しでも興味を持ってもらえたのならば展示をした甲斐があった。
孵化以降はカビの心配も減るので毎日ではなく月水金を保育園に行く日とした。
俺は、その旨を此花に告げた。
「保育園に行かない日も家までは送ってくれていいんだよ」
此花はそう言って笑った。
それじゃ親公認の彼氏みたいだ。
一緒に遊びに行くような仲の和賀とか鈴木に悪いだろう。此花とプライベートでの付き合いは俺にはない。保育園への同行は仕事の一環だ。
笹本は二葉と付き合っているらしい。
此花がそんな話を言っていた。
二葉がアウトドアに興味があると知った笹本が例の川遊びを企画し、二葉と同じ中学出身である此花と鶴瀬にうまく誘ってもらったというのが顛末らしい。
だとしたら死に損ねた甲斐は十分あっただろう。リア充め!
「いや。すぐバイト行くから」
此花の冗談に俺は答えた。
「そっか。じゃ、月水金だけでもよろしく」