交通事故
誰もいない屋上はさくらと一穂の憩いの場所だった。屋上の少ない日陰を見つけ2人で仲良く座った。
誰もいない屋上。さくらと一穂にとって、それは特別な憩いの場所だった。校舎の喧騒から離れ、青空の下で心を解き放つことができる小さな隠れ家。夏の日差しが強く照りつける中、彼女たちは日陰を求めて、ひときわ木の影が落ちる場所を見つけた。
さくらは小さな体を少し丸め、柔らかな風に髪を揺らせながら、一穂と向かい合って座った。彼女の笑顔は、まるで春の花のように明るく、周囲の世界を和ませる。彼女の目には、無邪気な輝きと、未来への期待が宿っていた。
一穂は、彼女の向かいに座りながら、少し恥ずかしそうに微笑んだ。どこか頼りない印象を持ちながらも、彼の視線にはさくらへの深い慕情が映し出されていた。仲良く息を合わせ、二人は日常の小さな悩みや夢を語り合った。静寂の中に、彼らの笑い声が響き渡る。
あたりには、薄い雲が流れ、風が穏やかに吹いていた。彼らは、やがて訪れる受験や将来への不安も忘れ、ただその瞬間を楽しんでいた。さくらと一穂、その二人には、無限の可能性が広がっている。屋上の小さな日陰は、彼らの心の拠り所であり、青春のひとコマを彩っているのだった。
平凡な日常が続いていたある日、突如としてその静けさを破る出来事が訪れた。陽射しが柔らかく降り注ぐ街角で、高校生の二人は笑い合いながら歩いていた。彼らの周囲には何の兆候もなく、ただいつも通りの風景が広がっていた。
しかし、その瞬間、突如として音もなく現れた一台の車が、平穏を脅かした。不気味なまでに静かに、その車は進んできた。運転席に座るのは老人だった。彼の顔はどこか虚ろで、瞳は生気を失っていた。無表情でハンドルを握りしめ、そのまま車は高校生二人に向かって突進していく。
「危ない!」と誰かが叫ぶが、その声は空に消えていった。時間がゆっくりと流れるように感じられた。二人の表情が驚愕に染まる。その瞬間、静寂が破られ、全てが一変した。平凡だった日常が、一瞬のうちに恐怖と混乱に包まれてしまったのだった。
さくらは、傷だらけの一穂の傍にひざまずき、涙を流しながら叫んだ。「一穂、死なないで……もうすぐ救急車が来るから!」
一穂は薄れゆく意識の中、かすかに言葉を返す。「さくら……無事で良かった。」その声はかすれ、彼の心の奥深くに響く。さくらは顔を真っ赤にして泣き叫び、「一穂…ありがとう。」と必死にその手を握りしめた。彼の存在が消えてゆく中で、一穂は不思議な感覚に包まれた。痛みも、恐怖も、すべてが遠くなる中で、ただ静かに自我と意識が薄れていくのを感じた。
次の瞬間、彼はまるで自分の体を遠くから見ているかのように感じた。さくらの泣き叫ぶ姿が、自分にとっての最後の光景であるかのように、まるで他人事のように映った。「………!俺は」
その時、一穂の視界に咲が走り寄ってくるのが見えた。咲の存在は安堵をもたらした。彼が来れば、きっと大丈夫だ。心の奥底で望んでいた安心感が広がり、彼の心を温かく包み込む。
「さようなら、俺……」声が消え、静かなその瞬間が彼の中で響いた。彼は彼自身の運命を受け入れ、さくらと咲のことを思い浮かべ、やがてそれは闇の中に溶け込んでいった。




