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高校潜入

潜入初日、一穂は新しい学び舎への緊張感を胸に抱きながら、高校2年生の教室に足を踏み入れた。彼は転校生として人知れずその日を迎えた。周は病気で休職している教師の代わりに臨時教師として学校に潜入した。二人はお互いが怪しまれないよう、意識的に距離を保ちながら日々を送ることを決めていた。


周は社交的で友人をすぐに作るタイプであったが、一穂はその真逆だった。彼の元々の性格は人見知りで、周囲の人々との交流に躊躇してしまう。そんな中でも彼の容姿は抜きん出ていた。ラテン系フランス人のクォーターである一穂は、色素が薄く、彫りの深い顔立ちはまるで絵本から飛び出してきた王子様のようだった。その美しさに魅了されたのは彼のクラスメートたちだけではなかった。休み時間になると、他のクラスの女子たちが校舎に押し寄せることもしばしばで、彼の周りはいつも騒がしかった。


一穂はその騒動に困惑し、徐々に目立たないように振る舞うことを心がけた。周囲の期待に応えようとするあまり、彼は自分自身を押し込め、静かにその日々を過ごした。しかし、2週間が過ぎ、次第に学校の落ち着きが戻ってくると、一穂も心の中で小さな変化を感じていた。生徒たちの興味も少しずつ薄れていき、彼は少しずつクラスメートたちに自分を見せることができるようになった。


一穂は日常の中で、クラスメートの明るい笑顔に触れ、人間関係の構築に少しずつ挑戦してみようという気持ちに揺らぎ始めた。そんなある日、彼は静かに手を挙げてみた。クラス全体がその瞬間、彼に注目する。緊張しながら口を開く。彼の声は確固たる自信が込められていたが、その発言はボケておりクラス中が爆笑に包まれた。新しい風が、一穂の心を少しずつ解きほぐしていく。


それは彼にとって、小さな第一歩であり、同時に新たな出発の始まりでもあった。



橘恭平は、街の喧騒から少し離れた高校の屋上で、昼休みの気持ちよい風に吹かれていた。彼の隣には、一穂という名の同級生がいた。初めて二人が出会ったのは、体育の時間に行ったサッカーの試合だった。一穂はサッカーが得意で、恭平もサッカー部のエース。互いにボールを奪い合い、パスを交わしながら顔を見合わせるうち、自然と意気投合していった。


屋上での昼食、二人はサッカーのおまけ付きのスナック菓子をつまみながら、笑い合っていた。その時、恭平はふと、一穂の顔を眺め、こう言った。「お前、見た目さ、話しかけにくいけど、話すと普通だよな。そのギャップが面白い。」


一穂は少し驚いたように恭平を見返したが、すぐに笑みを浮かべた。「俺、昔から誤解されやすくてさ。繊細だの、意地悪そうだの、勝手にイメージをつけられてるみたいだ。お前みたいな単純な奴がいてくれて良かったよ。あはは。」


その言葉を聞いた瞬間、恭平は心の奥深くから何かが解き放たれる感覚を覚えた。死んだような心が、ほんの少しだけ生き返ったかのようだった。二人の会話は続き、一穂の本音が徐々に明かされていく。彼の笑顔は、まるで心の間隙を埋める光のように、周囲を明るく照らしていた。


「お前、本当はどんな奴なんだ?」と恭平が尋ねると、一穂は小さくため息をつき、目を細めながら答えた。「ただの高校男子だよ。でも、こうして話せる友達ができたから、少し救われた気がする。」


その瞬間、恭平は感じた。彼の心の中で何かが変わり始めていた。一穂と交わした言葉が、久しぶりに自分の心を温めてくれる温もりになっていたのだ。ギャップの中にひそむ真実を知ったことで、彼らの絆は一層強まり、まるで心の奥に根付くようだった。


「これからも、一緒にサッカーでもしようぜ」と恭平は笑顔を返した。その言葉に、一穂は心からの笑顔で応えた。二人の友情は、明るい未来へと続く扉を開いた。彼らの関係は、見た目や先入観を超え、新たな道を切り開くものとなった。



教室の中で、周は姿勢を正して立っていた。彼の目は真剣でありながら、その表情には優しさが溢れていた。授業は非常にわかりやすく、彼の説明は生徒たちの心に直接響くようだった。進学校としての期待に応える内容であり、どの生徒も真剣に耳を傾けていた。


その中でも特に目を引いたのは、周の甘いマスクだった。シンプルなジャケットを着こなした彼は、教壇に立つ姿がまるで映画のワンシーンのように魅力的だった。休憩時間になると、女子生徒たちが次々と周に近づき、彼に質問をしたり、ちょっとしたおしゃべりを楽しんだりしていた。彼の周りには自然と列ができ、まるで彼が特別なイベントを開いているかのようだった。


周は、一人一人の生徒に目を向け、その理解度に応じて丁寧に指導していった。彼の教えは、ただの知識を超え、自己を成長させるための道しるべとなっていた。臨時教師とはいえ、一穂のクラスの副担任として、彼は自らの役割を全うするために努力を惜しまなかった。互いに意識し合い、時には相手の業務を見守ることで、周と一穂は信頼関係を築いていった。


授業が終わると、周は教室の片隅で小さく微笑む。一穂がその様子を見守っていると、彼はふと不思議な感覚に包まれた。周はただの教師ではなく、生徒たちにとって心の支えとなる存在なのだと感じた。彼の姿は、教えることの喜びを教えてくれていた。


この教室は、ただの学び舎ではなかった。ここには友情や絆、そして成長の物語が詰まっていた。周と一穂、そして生徒たちの間には、確かな信頼と愛情が生まれていた。どんな時も、彼らは互いを支え合い、共に成長していくだろう。未来がどんなものであれ、彼らの心には、教室で育まれた思い出が輝き続けるに違いなかった。



潜入生活が始まってから1か月が経ったある日曜日の朝、周は一穂を起こすために寝室に踏み込んだ。「コラ、起きろ、一穂!」彼が一穂の肩を叩くと、部屋の静けさが破られた。しかし、一穂はたっぷりと寝不足だった。昨晩、恭平や他の友人たちとオンラインでサッカーゲームに興じたため、その影響がまだ残っていた。「もう少し寝かせろよ。まだ朝じゃないか…。」彼は枕を使って頭を隠し、再度眠りに戻ろうとしたが、周はそれを許さなかった。


「勝手に寝てんじゃないよ!」周は上布団をひったくり、一穂をベッドから落とした。「痛いじゃないか!何すんだよ!」一穂は抗議の声を上げたが、周は無表情で言った。「それはこっちのセリフだ。これを見ろ!」彼は国語の小テストを取り出し、一穂に見せつける。


「ああ、何だってんだよ。」一穂は不機嫌そうに顔をしかめた。しかし、周は怒りを爆発させ、「この点数は何だ!お前、確か進学校の出身だったよな!」と詰め寄る。一穂は言葉を失い、ただ小テストの点数を見つめた。


「………俺、帰国子女だし。」その言葉に、周はため息をついた。「お前は今、潜入してる南高校に編入されたんだ。帰国子女を理由にできるのは生前だけだっていうこと、分かってるだろ!このままだと、怪しまれるぞ。特にお前の入学が。」


一穂が今通っている南高校は、都内でも有数の進学校であり、途中編入にはそれなりの学力が必要とされている。彼が編入直後にこのテストで目立ってしまうのは明らかだった。元教師である周は、このことに心を痛めていた。


「一穂、これから補講をするからな。」周は一穂を振り返り、真剣な眼差しを向けた。「それと、中間テストが終わるまでゲーム禁止だ。」その言葉を聞いた瞬間、一穂の心はまるで地の底に落ちたかのように重くなった。彼の潜入生活は、思った以上に厳しい現実を突きつけてきたのだった。


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