STORIES 004:ロングヘアー
STORIES 004
3年ほど、紳士服売り場のショップで働いていたことがある。
あるとき、百貨店自体の新規オープンに合わせて異動することに。
忙しかったのと配属が遅れたこともあり、周囲に馴染むのに苦労した。
他のショップの店員さんたちの輪の中に、なかなか入ってゆけなかったのだ。
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月初めの少し落ち着いた時間帯に、同じフロアのショップの女性が回ってきた。
「お疲れ様で〜す♪
先月の売上と売れ筋を教えてくださ〜い」
このところ、休憩が一緒になって話す機会が増えたコだ。
「ところで、ちょっと相談したいことがあるんですけど、今週のどこかで時間ありません?」
アパレル勤めは他所に移ることも多く、待遇面など詳しく質問されることがある。
そういう話題だとしたら、さすがに百貨店の社食でランチしながら、という訳にはいかない。
「じゃ、明日お願いしま〜す。
お店は考えておきますね♪」
スラリと背が高く、腰まで伸びた長い髪が印象的。
メンズフロアだけれど、着ているものもブランドイメージによく合っていた。
レジ横でお客さんの会計を待っている姿をみかけると、ついそちらを気にしてしまう。
目が合うと、いつもニッコリ微笑んでくれる。
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翌日の閉店後、よくある洋風居酒屋へ。
活気はあるけれど広くて騒がしくはない。
いいね、ここ。
彼女はいつも丁寧な口調でよく笑う。
中身は、見た目より素朴な感じかな。
お酒も入って話が弾んだ。
しかし一向に深刻な話題にならない。
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ところでさ、相談したいことってなに?
暫くしてこちらから尋ねてみた。
「あ、実は…
ゆっくり話してみたかっただけなんですよ、
あはは」
こともなげに言うと、また笑った。
なんだ、どんな相談かマジメに考えちゃったよ…
ん? というかこれってデートっぽくない?
急に事態を飲み込んでドキッとした。
不意打ちはズルいなぁ…
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数日後、午後の渋谷で映画を観た。
ケーキの美味しい店でお茶したり。
これは完全にデートだなぁ。
ただ、急速に距離が縮まっていくことに戸惑いもあった。職場の友達というには、やや近い。
僕には別の付き合っている人がいた。
少し微妙な関係になり始めてはいたけれど、まだ別れ話までは進んでいない。
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このペースで進むと、すぐに一線を越えて戻れなくなりそうだった。
彼女は控えめなはずなのに、妙に引き込みが強い。
優しく、自分のペースで歩いてゆく。
たぶん、もう好きになりかけていた。
…ので、少し距離を置いた。
まだ心の準備ができていなかった。
僕は複数の人と付き合えるほど器用じゃない。
意外とね。
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暫くすると彼女は異動してしまい、顔を合わせることはなくなった。連絡も途絶えた。
いろいろと、タイミングが合わずに残念だったな。
あのとき、もし…
ちょっとセクシーな後ろ姿。
妹想いで、屈託のない笑顔。
そうか、僕は長い髪の人ほど、強く惹かれてしまうんだな。