8話 休暇と帰省 (2)
ええええ!
クラウディオ団長!?
そこにクラウディオが居る事にマルはびっくりした。
一瞬、息を飲み目が泳いだが、頑張って驚きを少しも出さずに微笑むことに成功する。
クラウディオはというと、ぽかんとした顔でマルを見ている。
あー、ばれてる。
それはそうだろう、とマルは思った。
化粧して髪型も違ってドレスを着ていても、クラウディオは侍従のマルと何度か会って話もしている。
どうしよう、お父様には侍従でうろうろしてるなんて絶対にばれたくないんだけどな、、、、。
マルがおどおどしていると、クラウディオは我に返って、なんとか挨拶を返してくれた。
「初めまして、マルグリット嬢。クラウディオ・ローレンスです。」
「クラウディオ様は首都で第二近衛騎士団の団長をされているのだ。休暇の帰省で帰られる際に、こちらに寄ってくださったのだよ。マルグリット、お庭を案内して差し上げなさい。」
ロレンツォがそう言い、いつもならそうして縁談の相手と2人にさせられるのが嫌だったマルも、今回ばかりは喜んで受け入れた。
「はい。お父様。参りましょう、クラウディオ様。」
そう言うと、早く庭に出てしまいたくてすたすたと早足で玄関へ向かう。
後ろからクラウディオが慌てて付いてきた。
玄関を出た所で、クラウディオはマルに並びさっと手を出した。
「?」
「段差がありますので、お手を。」
察してくれて合わせてくれてるのかな?演技が細かいな。
そう思いながらマルはクラウディオの手を借りる。
クラウディオから、レディとして扱われるのはくすぐったくて変な気分だ。
笑みがこぼれそうになってしまう。
クラウディオ団長も面白がってるのかな?
マルとクラウディオはしばらく無言で庭園を歩いた。屋敷から十分離れてそろそろクラウディオに事情を説明しようとマルが思った時、クラウディオが先に話しかけてきた。
「マルグリット嬢のお好きな花はなんですか?」
おや?
好きな花?
ここまできっちり令嬢扱いされると、もうだめだった。
「ふふっ。」
マルは込み上げる笑いを抑えることができなかった。
「ふふっ、あははっ。クラウディオ団長、もう大丈夫です。面白がってますか?」
「え?」
見上げたクラウディオは、先ほどよりももっとぽかんとしている。
「え?」
今度はマルがぽかんとする。
「あれ?えーと、分からないですか?」
「え?えーと、すいません、私はマルグリット嬢とお会いしたことがあるのでしょうか?」
マルは変な汗が出てくるのを感じる。
バレてなかった!?
「わあ、すいません。気付いていらっしゃるとばかり思ってました!あの、分かりませんか?」
マルは慌てて、髪を解くと前髪を流した。
「マルです!クラウディオ団長。ケイト様の侍従をさせていただいています。」
「え?」
マルはとにかくすぐに事情をクラウディオに話した。
聞いている間ずっとクラウディオは心ここにあらずの様子で、こんなクラウディオを見たのは初めてだった。
よっぽど、びっくりしたんだ、そうマルは思った。
「すいません、何だか騙してたみたいで申し訳ないです。あと、先ほども失礼な態度を取ってしまってごめんなさい。」
「先ほど?」
「段差で手をすぐに取れませんでしたし、会話の途中で笑ってしまいました。」
「ああ、いえ、それは全く気にしていません。えーと、まず1つ、確認してもいいですか?」
「はい。」
クラウディオは少し迷ってから、顔を赤くしてこう聞いてきた。
「大変失礼な事かもしれないのですが、あの、マルグリット嬢は、結局、男性ですか?女性ですか?」
この問いかけに、マルはまた笑ってしまった。
「はー、あんまり笑わせないでください。女性です。あと、敬語はやめてください。」
「分かりました。」
「分かってないです。」
「あー、ちょっと待ってくだ、いや、ちょっと待って、すごく混乱しているんだ。」
クラウディオはそう言うと、両手で顔をおおって何度かゆっくり呼吸した。
耳が赤くなってるのが分かる。
ちょっと可愛いな、とマルは思った。
「はあ、少し落ち着いたよ。ケイトと君にすっかり騙された。」
クラウディオがいつもの様子に戻る。
「すいません。」
「そんなに愛らしい姿で謝られると許すしかないね。」
「ありがとうございます。そんなに変わってますか?部屋に入ったときに呆然としてたから、てっきりすぐばれたと思ったんですけど。」
「マルが美しくて見惚れたんだよ。」
クラウディオがそういう事をさらっという人だと知っていても、マルは顔が赤くなった。
「侍従の時も美少年だと思ったけど、」
クラウディオはそう言いながら、マルの顔にかかった前髪をすくって耳にかけ、顔をそっと触った。
「そうして化粧をすると、凄みが増すね。」
うわあ、とマルは心の中で叫んだ。
「クラウディオ団長、口説くみたいなのやめてください。」
両手でクラウディオの手をつかんで押しやる。
「ああ、ごめんね。」
「それにしても、ローレンス家のご子息だったんですね。」
そういえば、頭に叩き込んだ貴族の系譜に確かにクラウディオ・ローレンスってあったな。とマルは思い出す。
マルにとってクラウディオは最初から、第二近衛騎士団の団長でありケイトと噂の騎士だったので、全く結び付いていなかったのだ。
ローレンス公爵といえば、皇室派の中心だ。
だから、ブランシュ家とも親しいのか。
「マルもね。ご令嬢だったんだね。」
「今日は町にお泊まりですか?」
「うん。宿を取ってある。」
「夕食をご一緒していきますか?」
「いや、うーん、気持ちは嬉しいけど、ターゼン侯爵とは初対面で君とも公式には初対面だからね、やめておこう。」
「そうですか。残念です。」
「マルは馬に乗れたかな?」
「乗れますよ!」
「明日の朝、馬で少し出掛ける?この辺りは初めてだから案内してくれると嬉しいよ。」
「そうしましょう。ぜひご案内させてください。宿はどちらですか?お迎えに参ります。」
「ありがとう。」
「いいえ。実は、ローレンス家のご子息に挨拶するなんて気が重かったんです。クラウディオ団長で良かった。今、すごく安心しています。」
「それはよかったよ。」
そう言いながら、クラウディオはちょっと複雑な表情を浮かべる。
2人は談笑しながらゆっくり屋敷へ戻り、クラウディオは町の宿へと戻った。




