6話 夜会(2)
マルが女性だと、ランドルフにばれたのは、マルにとって2回目の夜会に参加した時だった。
この日、ケイトは騎士の正装で、令嬢達に囲まれていたので、マルはゆっくりと会場を回り、参加者達を観察していた。
警備にあたっていたバークと言葉をかわし、ドレス姿のレイピアとも出会った。
レイピアは細身のアイスグレイのドレスをまとっていて、月の精霊のようだった。
「とてもお美しいです。」
「ありがとう、貴方も妖精の王子みたいですよ。」
「誉めてますか?」
「可愛いということだけど、誉めてるとはいえないですね。」
そう言いながら、レイピアはほんの少し笑った。
レイピアの貴重な笑顔を見て、マルは上機嫌だったのだが、そこで、胸を押さえているさらしに違和感を感じ、ほどけていることに気づいた。
うわっ。
豊満な体つきでは全くないし、今はシャツの上にベストとジャケットも着ているので、さらしが取れても体つきが分かることはないだろうが、服からさらしが出てきたら困るので、マルは会場を出て、近くの明かりが付いてない休憩室に入った。
ジャケットとベストを脱いで、シャツをはだけ、さらしをとってしまった時だった。
廊下からこの休憩室に近づいてくる足音と話し声がした。
「あ、こちらのお部屋が空いてるようですよ、灯りがついてませんわ。」
「では、ここで少しおしゃべりしましょう。久しぶりなんですもの。」
声はもう扉のすぐ前から聞こえた。
ご婦人が2人、夜会を抜けてきたようだった。
ええっ、どうしよう。入ってくる。
マルは慌てた。
とっさに身を隠そうかと思い、でもまずジャケットとベストを拾わなくてはと思い、だめだ、両方は間に合わないと思った。
ガチャッと音がして扉が開く。
マルが壁際に寄ろうとした時、突然、黒い影がさっと出てきて、マルを強引に抱き寄せた。
何!?
びっくりして抵抗しようとすると、きつく抱きしめられた。
影が耳元でささやく。
「じっとしてなさい。」
ランドルフの声だった。
ランドルフはマルの髪の毛をほどいて、かき乱した。
「きゃっ。」
「まぁ。」
部屋に入って灯りを付けたご婦人達の小さな悲鳴が聞こえた。
部屋には先客がいて、熱い抱擁をしていたからだ。
「すいません、マダム。こちらの部屋は少し取り込み中です。」
ランドルフはマルを抱きしめて顔が見えないようにしたまま、そう言った。
「まあ、ごめんなさい。」
ご婦人方が、パタパタと部屋を出ていくのがマルに聞こえた。
「はあ。」
足音が遠のくのを確認してから、ランドルフはマルをきつく抱いていた腕をほどいた。
「ばれたら困る、ということで合っていたかな?」
「はい。ありがとうございます。ランドルフさん、でも、」
マルは泣きそうだった。助けてもらったのはありがたかったが、それ以上に気になることがあったからだ。
シャツをぎゅっと体の前で合わせた。
「いつから部屋にいたんですか?」
「うーん、君が入ってくる前からだ。ソファで寝てたんだよ。」
「いつから起きてたんですか?」
「、、、君が入ってきた時から。」
ランドルフはとても言いにくそうにそう答えた。
マルはさすがに涙を堪えきれなかった。
「見ましたか?」
「いや、暗くて見えなかった。」
「うそです。」
マルはポロポロと泣いてしまった。
胸を見られたなんて恥ずかしくてたまらなかった。
「うわ、泣かないでくれ。ぼんやりとしか見えなかったのは本当だし、私は、妻こそ亡くしているが、君より大きな息子も娘もいるんだ。気にしなくていい。」
「気にします。ううっ。」
「参ったな。」
「ランドルフさんが悪くないのは分かってるんですけど。」
「マル?」
そこに、ランドルフにとっては最悪のタイミングでケイト・ブランシュ侯爵が扉を開けて入ってきた。
ケイトがマルが会場にいないことに気づいたのは、マルが休憩室に入ってすぐのことだった。
会場を探していると、レイピアに会い、レイピアがマルが会場から出ていったのを見ていたので、廊下に出たところで、婦人達のこそこそ話を聞いた。
「あれはビット伯爵でしたね。逢い引きかしら?」
「ね。びっくりして、すごくドキドキしてしまいました。」
「お相手は男性でしたよね、ドレスじゃありませんでしたもの。」
「艶やかな黒髪しか見えませんでしたわ。」
ケイトは嫌な予感がして、休憩室に向かい、マルの声が聞こえたのだった。
「伯爵。」
髪と着衣が乱れて、しかも泣いてるマルを見て、ケイトはすぐにランドルフの胸ぐらを掴んで壁に押し付けた。
「うわっ、侯爵、誤解だ。」
ランドルフは顔を赤くした。
「誤解?何がだ?マルに何をした?」
「ケイト様!違うんです!ランドルフさんは助けてくれただけで、泣いてるのは伯爵のせいじゃないんです。」
マルは慌てて、ケイトにすがった。
「え?」
ケイトの手が弛んだ。
「私はどちらかというと、何もしていない。侯爵、ちょっと距離が近すぎて怖いから離れてくれ。」
「マル、こいつを離しても大丈夫か?」
「大丈夫です。」
ケイトはランドルフを解放した。
ランドルフはすぐにケイトと距離をとった。
「マル、目のやり場に困ってしまうから、まずは浴室で服を整えてくれ。」
ランドルフにそう言われて、マルは浴室でさらしを巻き直して、服を整え、髪の毛を結んだ。
「私から事情を聞いておくかい?」
ソファに座ったランドルフがケイトに聞いた。
「いや、マルから聞こう。とりあえず、さっきのことは謝っておいた方がよさそうだな。すまなかった。」
浴室から出てきたマルはケイトにざっと事情を話した。
「それで、なぜ泣いていたんだ?」
「不可抗力だが、私がお嬢さんの体を見てしまったからだよ。」
「は?何故だ?」
「ソファで寝ていたら、そこで、さらしを巻き直そうとしたからだ。」
ケイトは頭を抱えた。
「マル、これからは気をつけなさい。伯爵も見ないようにするべきだろう。」
「女の子だと知っていたら、もちろんそうしたよ。はあ、まあ、13才なら、まだ子供の年齢だし、、、」
そこで、ランドルフは一度止まって、マルを見た。
「えーと、13才、ではなさそうだな。」
「17才です。」
マルは小さく答えた。
ランドルフは頭を抱えた。
「立派なレディじゃないか。もう少し気をつけなさい。」
「はい。あの、ランドルフさん。」
「なんだい?」
「この事は秘密でお願いしたいんですが。」
「私が、どうして知ったかの理由を言える訳がないのだから、秘密にするしかないよ。」
ランドルフはため息とともにそう言った。
***
帰りの馬車でマルはぐったりだったが、ランドルフもぐったりだった。
「疲れた。」
ランドルフは座席に深く座って、息を吐いた。
「参ったな。」
すごくいい匂いがしたな、と思って、顔に触れた髪の毛の感触まで思い出した。
「うーん、参ったなあ。」
そう、つぶやいた。