34話 マルグリット嬢の結婚 (3)
「、、、、、。」
本当にこんなのでいいのかな?
「、、、、、。」
そもそも、隣にクラウディオがいるのに、寝れないんだけどな。
意識しちゃうのは私だけなのかな?
私くらいじゃ、ムラムラしないか。
でも、初夜をやめておくほどの子供でもないんだけどな。
「、、、、、。」
しばらく、悶々とした後、マルはむくっと起き上がった。
クラウディオを見ると、反対側を向いたまま寝ている。
もう寝たのかな。
「ラウ、寝てますか?」
マルは囁き声で聞いた。
ちょっと間が開いて、
「んー。」
と言ってクラウディオは起き上がり、マルの方を向いた。
「寝れるわけないよね。」
心なしか、機嫌が悪いように見える。
「あのう、本当にしなくていいの?」
「いいよ。」
やっぱり、機嫌が悪そうだ。
「その、私はあんまり、魅力的ではないですか?」
「そんな事ないよ。」
「じゃあ、どうしてしなくてもいいの?」
「あのね、いいわけないだろう?したいに決まってるじゃないか。」
クラウディオはため息をついた。
「こんな風にお膳立てされてて、お預けなんて頭がおかしくなりそうだよ。」
「じゃあ、どうして?」
「ねえ、僕はマルが好きだって言ったよね。分かってる?君が嫌がることはしたくないし、心が僕にない君をどうこうしたくない。義務感や欲望だけで君を抱きたくないんだ。」
クラウディオの口調がイライラしていてマルはびっくりした。
「ごめんなさい。」
「謝らないで。はあ、その格好は刺激が強いから、起きるならガウンを羽織ってほしい。僕が押し倒さないうちに。」
「でも、あの。」
マルはこんなことを言うなんて、はしたないんじゃないかと思ったが続けた。
「夫婦の誓いをした時に、私の身も心も貴方に捧げると決めています。今夜も貴方に身を委ねる決心をして、ここにいます。」
これではまるで押し倒してくれと言っているみたいだな、とマルは思った。
でも、引くつもりはなかった。
私は私の意志で、結婚したんだ。
「私は、私ばかり気を使われる結婚は嫌です。」
「私の決心を、無駄にしないで。」
クラウディオはマルを見た。
少し上気した頬。
潤んだ黒い瞳が、濡れたまつ毛の下から自分を見上げている。
艶やかな黒髪がしっとりと肩にかかり、肌はきめ細かくなめらかだ。
風呂上がりの温かく湿ったままで、香油のいい匂いがした。
その髪に手を入れて、その肌に顔をうずめてしまいたかった。
「頭がおかしくなりそうなんでしょう?」
マルはじっとクラウディオの目を見つめた。
ああ、だめだ。
とクラウディオは思った。
こんなの、やり過ごせない。
クラウディオはマルをそっと抱き寄せて耳許でささやいた。
「僕のこと好き?」
マルは抱き寄せられて、少しびくっとした。
「貴方が好きです。」
「貴方じゃなくて、ラウにして。」
「ラウが好きです。」
「でも、僕の好きとは違うよね。」
クラウディオはマルの夜着の胸元をほどいた。
「今は違います。」
マルは、ほどかれた胸元を一切気にすることなく、まっすぐクラウディオを見てそう言った。
「そういう所、僕はすごく好きなんだ。」
クラウディオはそう呟くと、マルの艶やかな黒髪に手を入れて引き寄せて、耳もとでささやいた。
「誘惑したのは、マルだからね。」
「えっ。」
「僕はやめておこうって言った。」
「でも、初夜くらいできます。」
「その言い方、すごく嫌だ。やめてって言ってもやめないから。」
クラウディオはそう言うと、さっきの甘いキスをした。口調とは違って優しくて甘いキスだった。
このキス、好きだな。
マルはそう思った。
そして始めの決意のとおり、とにかくびっくりしないようにすることだけを考えた。
***
翌朝、マルはじっとりと重たい体で目覚めた。
何だか寝た気がしなかった。
体を少し動かすだけで、ギイギイいいそうだ。
首をギイギイいわせてゆっくり隣を見ると、クラウディオがすやすやと眠っていた。
マルはクラウディオを起こさないように、苦労してそっと体を回し、じっくりその寝顔を見てみた。
彫刻のような寝顔。
うわあ、まつ毛が長いな、とマルは思った。
きれいな顔、、、。
ケイト様と同じくらいきれい。
さらさらの銀色の髪。
優しいし、剣も強いし、この人、欠点あるのかな。
たまに機嫌悪いことくらいかな。
でも、機嫌悪い時が一番、素な気もするな。
背も高いし、、、
そこでいつも見上げる様子を想像して、マルは胸がきゅう、となった。
キスも上手だし、手も大きい。
昨晩のいろいろを思い出して、マルは赤面した。
熱い体に強く抱き締められたことを思い出す。
わわっ。
マルは慌てて思い出したことを振り払った。
振り払ってから、もう一度、クラウディオの寝顔を見た。
起きてる時より、幼く見える気がする。
胸がまたきゅうきゅう鳴った。
私、好きなんだ。
その時、マルは雷に打たれたように、気付いた。
私、この人のこと、好きなんだ。
マルは、自分で自分にびっくりだった。
え?今?
ええー、今?
もう、夜も過ごしてしまったのに、今気付いてどうするんだ!
好きな人との初めてのキスだったのに。
しかも初夜だったのに。
ああああ。
いつからだ?
いつから好きなんだろう。ずっとケイト様の恋人だと思ってたからな。
マルがぐるぐる考えながら、クラウディオの顔を注視していると、ぱちっと目が開いた。
わっ、起きた!
マルは驚いてびくっとした。
「おはよう。マル。」
起きたクラウディオは、とろけそうな笑顔でそう言った。
「おはよう。」
マルはとたんに緊張して、小さく答えた。
クラウディオはマルをぎゅっと抱きしめた。
「大好きだよ。」
「わ、私もです。」
マルは気付いたばかりの気持ちを伝えようと、けっこう勇気を振り絞ってそう言った。
「ふふ、ありがとう。」
クラウディオはいつもの調子でそう答える。
あ、伝わってないな、とマルは思った。
この人、今、幸せすぎて、きっと何言っても伝わらない。
「体は平気?」
「はい。」
「本当?」
「あの、すごくだるい感じはする。」
でも、ぎゅっとされて少しましになったような気がする。
「アンに言って、お風呂にお湯をためてもらおうか、少しさっぱりするよ。朝食も用意してもらおう。」
クラウディオはマルの頭をよしよししながらそう言い、マルは心臓がきゅんきゅんした。
「もう一回、ぎゅっとして。」
マルが言うと、クラウディオはもう一度ぎゅっと抱き締めてくれる。
それからマルの頭に手を回して、キスをした。
触れるだけのキスだったのが、違うものになって、マルの背中をなぞる手が官能的になる。
ん?
「ラウ、今、朝ですよ。」
「こういう時は、朝もイチャイチャするんだよ。」
「そうなの?」
「そうだよ。」
しゅるしゅると、マルの服が解かれる。
「昨日はやめとくって言ってたのに。」
マルは笑ってそう言った。
「指一本触れてない時の方が、我慢できるんだよ。」
「今はできないの?」
「できないよ。」
結局、アンにお風呂と朝食について頼んだのはお昼前になった。
マルは、クラウディオに気持ちを伝えることについて、作戦を考えなくてはと思った。




