33話 マルグリット嬢の結婚 (2)
マルは玄関ホールで、アンと再会した。
「アン!」
「お嬢様!まあまあ!また大人っぽくなりましたね!もうすぐ、奥様ですものね!」
「来てくれてありがとう。」
アンはマルをぎゅっと抱き締めた。
こうして帝都でアンに会うと、マルは無性にターゼン領が懐かしかった。
父と母と兄に会いたい、と思った。
そう思って弱気になったのか、さっき払った不安が押し寄せてくる。
お嫁に行くのではないので、実家と縁が切れる訳ではないのだが、この屋敷で1人で女主人としてやっていくことは不安だったし、今は何より初夜が不安だった。
キスの未遂だけであんなに緊張したのに、ちゃんとこなせるのかな。
母にいろいろ教わっておくべきだったなあ、、。
結婚はまだまだ先だと思ってたからな。
ケイト様に恥をしのんで聞いておけばよかったかな?
でも、レベルが違いすぎるよね。
はあ、やっぱりキスくらいはしとけばよかったんじゃ、、、、。
「お嬢様、奥様からお手紙を預かっていますよ。」
マルの思いを見越すように、アンは手紙を差し出した。
「わあ。」
「奥様がとても心配されてました。読んであげてください。」
マルはすぐに手紙を開けて読んだ。
手紙は、母としても思いの外、娘の結婚が早くまとまり、充分に心構えを説くことができなかったことへの無念から始まり、こまごまと、屋敷内の差配に関する注意が書かれていた。
母らしい几帳面な字で、母らしい小言が並んでいる。
母はいつも面と向かって話すよりも、文章の方が雄弁で、マルを心配する熱い思いが溢れていた。
手紙の最後には、夫婦の関係についても書いてあったが、そちらは細かいことは一切なく、何とかなるものだから気にするなとあり、困ればアンに相談するようにと書いてあった。
「アンもおりますし、侍女達もおります。何よりクラウディオ卿がいらっしゃいます。本当に素敵な方で、お嬢様の結婚はきっと幸せなものになりますよ。アンはとても嬉しいです。」
アンはこの2日ほどで、すっかりクラウディオを気に入ったようだった。
「ありがとう。アン。」
母の手紙とアンの存在で、マルは何だか大丈夫な気がしてきた。
馬車でキスはできなかったけど、初夜こそはちゃんとこなそう、そう決意した。
***
結婚当日、マルは神殿でクラウディオと夫婦の誓いを交わした。
婚礼の宴は、夏の休暇にターゼン邸で行う予定なので、誓約の後は新居に帰り、屋敷の皆から祝福の歓迎を受けた。
アンや侍女達から口々に、奥様と呼ばれてマルは変な気持ちだった。
早く慣れないとなあ。
夕食は豪華なものが並んだが、マルは朝からの疲れと、この夜への緊張であまり食べれなかった。
食後は、アンがマルを風呂で磨き、寝室で身支度を整えた。
「大丈夫ですか?」
口数の少ないマルを心配して、アンは聞いた。
「うーん、大丈夫。ちょっと緊張で吐きそうだけど。」
「吐かないでくださいよ。」
「吐かないわよ。」
アンとのやり取りに、マルは少しだけ緊張がやわらぐ。
「では、私は失礼します。」
身支度を終えると、アンはそう言って寝室から出ていった。
一人残され、しんとした部屋で、マルはとりあえずベッドに腰かけてみた。
着ている夜着は薄く、透け感があるので座っているだけなのに落ち着かない。
マルは寝室の灯りをいくつか落としてみた。
薄暗くなると、透けているのが目立たなくなって、少しましだ。
軽く薄い生地なので、くるりと回ると、ふんわりと広がった。
もう一度、くるりと回った時、ノックの音がしてクラウディオが入ってきた。
「あれ?暗いね。」
「わ、ごめんなさい。服が透けてるのが落ち着かなくて暗くしました。」
「そっか。」
クラウディオはベッドに腰かけた。
「マル、とりあえずこっちにおいで。」
「はい。」
おいで、と言われてドキドキしながらマルはクラウディオの側に行き、並んでベッドに座った。
座ってから、ここから、どうしたらいいんだろう?とマルは思った。
ドキドキが口から出そうだ。
体が硬くなってしまう。
とにかく、触られてもびっくりしないようにしよう。
それだけ、気をつけよう。
「マル、大丈夫?」
「大丈夫です。」
「本当に?」
「、、、、緊張はしてます。」
「そうだね、僕も緊張する。」
「ラウもですか?」
「うん。嫌われたらどうしようって。今日はキスだけにしておこうか。」
「え?」
「キスもしないのはムリだから。それで添い寝だけしよう。初夜からばらばらで寝る訳にはいかないからね。」
「いいの?」
そんなので、いいのかな?
「いいよ。だからキスしてもいい?」
「はい。」
クラウディオはマルにそっとキスをした。
マルは人生で初めてのキスだった。
唇って、柔らかいんだな、と思った。
ドキドキして、体はがちがちのままだったが、けっこう普通にこなせた。
よかった、大丈夫そうだ。
「もう少し、力を抜いてほしいな。」
クラウディオはもう一度触れるだけのキスをしてから、マルの頭に手を回して、甘いキスをしてきた。
ひゃあっ。
甘いキスが続く中、マルは息をどうしたらいいのか分からず、息を止めた。
「マル?死んじゃうよ。」
苦しそうなマルを見て、クラウディオは一旦、唇をはなす。
「ぷはあっ。」
「普通に息していいんだよ。ほら、今、できるよ。」
またキスをしながら、器用にクラウディオがそう言う。
「はあっ。」
「上手だね。」
マルは少し息ができるようになってきた。
クラウディオの息づかいを直で感じる。
くらくらする。
思ってたキスと違う。
頭が溶けそうだ。
体の力はいつの間にか抜けていた。
「ちょっと慣れてくれたかな。」
体を離して、クラウディオが言った。
「はいぃ。」
マルはへなへなとクラウディオにしがみついた。
クラウディオはできるだけ密着しないように、そっとマルを支えた。
「今日はここまでにしとこう。これ以上したら、僕ももう無理。」
「無理って?」
マルの質問には答えずに、クラウディオはてきぱきとマルをベッドに寝かせて、自分も隣で横になった。
頭を優しく撫でてくれる。
「おやすみ。」
「おやすみなさい。」
クラウディオは、あっさりとマルとは反対側を向いて寝てしまう。
あの決意なんだったんだ、、、。とマルは思った。
ドキドキがましになってきて、マルも寝ようとしてみた。




