31話 デビュタント (6)
「すいません、こういうのに全く慣れてなくてのぼせました。」
少し落ち着きを取り戻して、マルは言った。
「ごめん。あまりにも伝わらないから。」
「もう理解しました。えーと、あの、ありがとうございます。こんなにドキドキしたのは初めてです。」
「うん。もし、迷惑だったら、」
「迷惑じゃないです。」
マルはクラウディオの言葉を遮ってそう言った。
「びっくりしましたが、嬉しいです。本当です。」
この人の好意を嬉しくない人なんているのだろうか。
「ありがとう、優しいね。」
「優しいのはクラウディオ団長です。」
「マルに僕と同じ気持ちを求めてる訳じゃないんだ。でも、僕の方には下心があることを知っといてもらいたいんだ。」
「、、、、、もしかして、結構前からありましたか?下心。」
「あったね。ターゼン邸で会ってからは下心しかないね。」
クラウディオは笑顔でさらりとそう言った。
びっくりだ。
「全然、気付かなかったです。私、そういうの鋭いと思ってたんですけど。」
練兵場で話したり、手伝ってくれた時に変な感じはしなかったし、2人で市場に出かけた時も、手すら繋がなかった。
縁談の話の時も、クラウディオはいつも余裕があって、自分への気持ちがあるなんて思ってもいなかった。
「僕は隠すのが上手いみたいだ。元々、女の子には優しいし。」
「なるほど。」
「そろそろ戻ろうか。立てる?」
「はい。大丈夫そうです。」
マルとクラウディオは並んでゆっくり庭園を歩きだした。
歩きながらマルは、クラウディオはずっと自分を気遣ってくれていたのだ、と思った。
変に距離を近くしてくることは一切なかったが、でもマルが気負わない程度にはいつも優しかった。
今も、あんなにしっかり愛の告白をしたのに、いつもと同じように接してくれる。
もう決まっていることだけれど、改めて、この人と結婚しようと思う。
「あの、クラウディオ団長。」
「マル、その、団長っていうの、結婚するまでにやめてほしいな。」
「あ、はい。それもそうですね、では、クラウディオ様。」
「様は嫌かなあ。呼び捨てか、ラウと呼んでくれればいいんだけど。」
「で、では、、、、、ラウ。」
ひゃー、慣れない。
「なに?」
「私も誠心誠意、あなたに尽くします。今後もよろしくお願いします。」
マルは優雅にお辞儀をしてそう言った。
「さっきの告白の答えかな?」
「はい。」
「ありがとう。今はそれでいいよ。」
クラウディオは少しさびしそうにそう言った。
庭園の入り口付近まで戻ってきた所で、最後の曲の演奏が始まった。
「最後の曲、始まってしまいましたね。」
「そうだね、少し足場は悪いけど踊る?」
「はい。せっかくですし、踊りましょう。」
マルが言うと、クラウディオはマルの正面にまわって手を差し出した。
「レディ、ラストダンスのお相手をする光栄を私にいただけますか?」
「喜んで。」
マルはもちろんその手を取った。
「クラウディオ団長は今日、何人と踊ったんですか?」
「あれ?」
クラウディオは笑顔で首をかしげた。
「え?」
「団長?」
「あっ、えーと、、、ラウは、今日、何人と踊ったんですか?」
「うーん、7人かな。」
「私、8人目ですね。」
「踊りたかったのは、マルだけだけどね。」
「そういうの、本当にさらりと言いますね。」
マルは少しだけ、顔を赤くした。
「ふふ、本気なんだけどなあ。言っとくけど、今までケイト以外とラストダンスを踊ったことはないからね。」
「なら、史上2人目ですね。光栄です。」
クラウディオのリードはどこまでも優しい。
石畳の上でのダンスだったので、マルは優雅にとはいかなかったが、楽しく踊った。
舞踏会の二日後に、マルグリット・ターゼン嬢とクラウディオ・ローレンス卿がすでに婚約中であることと、今春中には結婚する予定であることが新聞に載った。




