26話 デビュタント (1)
デビュタントと結婚に向けて、マルは慌ただしく過ごした。
ドレスの生地とデザインを決め、採寸と仮縫いの合わせを行い、刺繍や宝石の仕様を決めた。
そして靴を選び、身につける宝飾品を選び、髪型についてキティといろいろ試し、そんな間もランドルフとダンスの練習をした。
デビュタントから結婚までは1ヶ月程しかなく、平行して婚礼で着るものについても同じように準備した。
その上、結婚後に住む屋敷についても手配しておかなければならない。
家具や調度品を準備し、使用人の確保もしなくてはならなかった。
大半はクラウディオが担ってくれたが、侍女達については、マルが関わらないわけにはいかないので、その面談や採用の判断をするのに目が回った。
クラウディオは新居の準備についての時は、マルに合わせてブランシュ邸を訪れてくれた。
顔を合わせる時は実務的な話題が多かったので、マルはあまり意識せずに話すことができて、ほっとした。
***
「なんだか、疲れているな。」
デビュタントまで、一週間を切った日、ダンス練習後のお茶の席でランドルフがそう言った。
「ランドルフさん、目が回ってます。」
「大丈夫か?」
「大丈夫です。明後日からはケイト様から働くことも禁止されてるし、あと2日だけです。」
「ちゃんと寝てるのか?」
「うーむ、明後日からちゃんと寝ます。」
「今日から寝なさい。ドレスはもう届いたのかな?」
「うーん、明日、届く予定だったような、、、、、たぶん、、、確か。」
「本当に大丈夫か?今日からちゃんと寝なさい。」
次の日、ちゃんとドレスは届いた。
光沢のある、黄色に近い緑色がベースのドレスで、裾にかけてクリスタルと刺繍があしらわれている。肩は出るデザインで、歳が歳なので甘い装飾は外してもらった。
「とてもよく似合ってるよ。」
マルが簡単に着付けて見せると、ケイトはそう言った。
「サイズもぴったりです。」
「試しに踊ってみたいけど、本番の楽しみにとっておこうね。」
「はい。」
その日、クラウディオからの髪飾りもブランシュ邸に届いた。
***
迎えたデビュタント当日、マルとケイトは朝からキティによって磨きあげられた。
「キティ、私は通常でいいんじゃないか?」
キティに髪をとかれながらケイトは言った。
「何言ってるんですか!うら若いレディのお隣なんですよ、本気を出さないとくすみます!」
「主役はマルなんだし、私はくすんでもいいだろう?」
「ダメです!エスコートの紳士が冴えなかったら、マルの品も下がります!」
「ええー、、、。」
「ケイト様、キティさん、今朝からだいぶん気が立ってるんで、口答えしない方がいいですよ。」
顔のパックをずらさないように気をつかながら、マルが助言する。
「マル!パック中はしゃべらないでください!」
「はい、すみません。」
昼食やお茶は控えめに済ませて、マルはドレスを着て、玄関ホールで近衛騎士団の正装に身をつつんだケイトに迎えられた。
「これは、ラウが惚れるのも分かるな。」
ケイトは現れたマルを見て、そうつぶやいた。
「すごく素敵だよ、マル。男の子の時よりずっと大人っぽくなるね。」
「ありがとうございます。ケイト様の正装も素晴らしいです。」
「ありがとう。では、レディ、エスコートいたします。」
2人は馬車に乗り、会場へと向かった。
***
会場に着き、ケイトと馬車から降りたところで、バークに会った。
「よっ、マルグリット嬢。」
「バークさん、こんばんは。今日は警備ですか?」
「ああ、今日はマルが令嬢で来るから、入口に配備してもらったんだ。」
「なら、」
マルは妖艶に微笑んで、くるりと回ってみせた。
「どうですか?」
「いやあ、さすがに、綺麗だよ。お前、美少年だったもんなあ。」
バークは感心してそう言う。
「ふふ、ありがとうございます。」
「化粧すると、印象が変わるなあ、、。」
「バーク、レディをじろじろ見ないよ。」
まじまじとマルの顔を見るバークをケイトがたしなめた。
「はっ、すみません、団長。」
「マル、行こうか。」
「はい。では、また、バークさん。」
「おー、ダンスでこけるなよ。」
バークは大きく手を振って、マルとケイトを見送った。
「今日は、挨拶や顔を売ることは気にしないで、楽しもうね。」
会場に入ると、ケイトはマルにそう言った。
「はい。」
マルはちょっと緊張しながら答えた。
会場にはいった途端、自分に注がれる視線がすごかったからだ。
きっと、隣にケイト様がいるからだ。
侍従で後を付いているのと、エスコートされてるのでは視線の数が全然違う。
すごい人気なんだ。
「でも、こんなに可愛いレディはいないから、すぐに覚えてもらえるよ。」
ケイトはそう言いながら、マルの肩をぎゅっと抱いた。
マルは、きゃあっという女の子達の小さな悲鳴を聞いた。
「同じ年頃のレディ達も多いし、話ができるといいね。」
ケイトの笑顔がまぶしい。
この方、こういうの全部、無自覚なんじゃないかな。
ケイトの眩しさと視線の痛さにドキドキしながら、マルは会場を進んだ。




