22話 ブラット卿 (3)
、、、、、、。
「えっ、そうなのか、ラウ?」
「えっ、そうなんですか?」
マルとブラットは同時にそう言って、クラウディオを見た。
「ああ、もうやだ。」
クラウディオはぽつりとそう言ってから続けた。
「マル、ターゼン侯爵と、僕の父との間で少し話が進んでるんだ。それは後で話すとして、まずは第一団の皆に説明した方がいいと思う。ケイトも。」
クラウディオはしんとなっている第一団を指差した。
「あー。」
ケイトは気まずそうに、第一団の前に出た。
「騙していてすまない。マルグリット・ターゼン侯爵令嬢だ。非公式にお預かりしているのは本当なんだが、公子じゃなくて、公女だ。男の子にしといた方が私が連れて歩きやすいから、そうしていた。マル、挨拶しなさい。」
マルはもじもじと前に出て、挨拶した。
「はい。改めて、ご挨拶します。マルグリット・ターゼンと申します。今後もよろしくお願いします。」
騎士達は怒ったりしなかったので、マルはほっとしたのだが、17才のレディに対して、ずっと子供扱いをしていた事をたくさん謝られてしまった。
「俺、最初にいちゃもんつけて、手加減せずに手合わせしてごめん、マル。」
バークはとても申し訳なさそうにそう言った。
レイピアは一人で、いろいろな事を納得した。
練兵場からの帰りの馬車は、ケイトがクラウディオを気遣って、マルとクラウディオがブランシュ家の馬車に、ケイトとブラットがローレンス家の馬車に乗った。
「あのう、」
気まずそうにしているクラウディオを見て、マルは自分から口を開いた。
「縁談の件なのですが、クラウディオ団長が嫌なら、私から父に断るので言ってください。」
「え?」
「顔合わせの時に、一緒に遠乗りしたせいで父は変に期待してしまったのだと思います。私が強く嫌だと言えば、無理に進める人ではないので、大丈夫です。」
「ちょっと待って、僕は全然嫌じゃないよ。むしろ、僕から話を進めてくれと言ったんだ。」
「そうなんですか?」
「そうなんだ。」
「でもなんでですか?侯爵家を継ぐ訳ではなく、兄の補佐ですよ。領地も財力もローレンス家には到底及びません。家門にとっても何の得もない縁談です。」
「僕にはありがたいんだよ。三男だから、元々家督を継ぐ気なんてなかったし、僕は父と折り合いが悪いから、あの人の政略のための結婚はしたくなかったしね。」
「本当に?」
「うん。僕にとって都合のいい話なんだ。なぜか父も乗り気だし。その上、こんなに可愛らしい人を妻にできるのは嬉しいよ。」
「それは、ありがとうございます。」
クラウディオの最後の言葉にマルは微笑んでお礼を言った。
その様子から、クラウディオにはマルが完全に社交辞令だと思っていることが分かった。
「その、ごめんね。黙ってて。ターゼン侯爵は話が決まってからマルに伝えると言っていたから。」
「いいんです。驚きましたが、気にしてないです。どれくらい具体的に進んでいるのかお聞きしてもいいですか?」
「近いうちに僕がターゼン領に行って、侯爵とイアン公子に会うことになってる。そこで僕が婿として合格だとなれば、まず両家で婚約して、早ければ数ヶ月後に結婚だと思う。」
クラウディオはできるだけ淡々と伝えようとしたが、実際に出来たかどうかはもう分からなかった。
マルの反応が怖かったし、自分の気持ちを抑えることも大変で、何の感情のせいかは分からないが、心臓がぎゅうっとして、声が震えそうだった。
「数ヶ月後、、、。早いですね。」
マルは、縁談が自分が考えていたよりもずっと早く動きだしそうなことに驚いて、困惑した。
いつかは、結婚するのだろうと思っていたが、こんなに早く進むとは思っていなかったし、何よりその相手がクラウディオであることに戸惑った。
「マルは僕とは嫌かな?」
マルの様子を見てそう聞いたクラウディオの声は、少し苦しそうで切実な響きがあった。
マルはびっくりして否定した。
「嫌なわけないですよ。クラウディオ団長ですよ?」
嫌じゃないけど、困るな、とマルは思った。
こんなに眩しい人が夫候補なんて困る。
「思ったより話が早くてびっくりしています。時間が経てば、落ち着くと思います。」
マルはそう言い、何となく気まずい空気のまま馬車はブランシュ侯爵邸に着き、クラウディオと別れた。
馬車から降りると、ケイトが待っていた。
クラウディオとブラット卿を見送り、マルの様子を見てケイトが言った。
「マル。ラウは優しいよ。家同士のことだから、婚約や結婚は相応の時期で進むだろうけど、マルの気持ちを考えてゆっくり関係を築いてくれると思う。」
「ありがとうございます。はあ、でも、本当に結婚するかもなんて不安です。」
「その気持ちをちゃんと言えば大丈夫だよ。ラウは無理に距離を詰めたりはしない奴だよ。」
「はい。」
そう答えたものの、マルはクラウディオと顔を合わせるのが気恥ずかしくて、練兵場で会ってもそれとなく避けるようになってしまった。




